一、オカルト研の活動

【○】
 俺の名前は篠本成久(しのもとなるひさ)。

 レポートとバイトに喘ぐ、有名でもなんでもない平凡な大学の二年生だ。

 学部はどうだっていいだろう。この先語る必要などないだろうし、この話においては無関係もいいところだ。

 オカルト研究という、名前だけで何が目的かが一発でわかるサークルに所属していて、講義がない時はだいたいそこに入り浸っている。

 まぁ、あえてこのサークルを説明するなら、心霊写真だとか、ビデオだとかを見まくってキャーキャー言うのが主な活動内容。

 黒魔術なんかもやっていたりするが、最近はビデオ鑑賞の方が多かったりする。

 あぁ、あとは普通にインターネットを楽しむくらい?

 そんな自由極まりない、社会にとって得にも損にもならなさそうなことばかりやっている。

 活動らしい活動をしたのは、あいつの一言がきっかけだったアレくらいだ。



 その日も、講義が終わってから一直線でオカルト研のドアをくぐった。

 パソコンの前で動画を眺めて「おぉ」だの「いやー」だのと騒ぐ男女が三人ほど。

 どうやらお三方は俺の一つ前の講義で終了だったらしい。

 トップを狙おうとダッシュしていた俺が恥ずかしい。

「……新しいネタでも上がったの?」

 盛り上がる三人に声を放つ。真ん中を陣取ってモニタを前にしているのが江城優悟、そいつの右に定本早苗さん、左に大谷春香さんだ。

 まず江城だ。俺と同い年の二十歳で、コイツは男の俺が素直に認めるほどイケメンだ。どんなに女とべったりしても顔で許されるタイプだ。羨ましい。まぁ、そんな噂は聞かないけど。

 遊びでバスケの試合とかもよくするって聞くし、女の子との交流も広く深いと聞く。まんまリア充を絵に描いたような野郎だ。

 俺とは存在が程遠い。なんでこのサークルに居るのか不思議な気持ちすら沸いて来る。

 次に定本早苗さん。同じ二年生で、めちゃくちゃ可愛いくて俺好みの女の子だ。正直言って江城目当てでこのサークルに入ったとしか思えない。絶対にオカルトとか興味ない。それと多分俺にも興味ない。

 だって心霊写真とか心霊動画とか全然見ないんだぜ、江城がいないときはいつも関係のないページで暇を潰してるんだ。

 なんで一緒に見てるかって? 男と一緒にお化け屋敷に入るような反応をしようとしているのさ。自分から怖いもの見て「キャー」ってくっつこうって魂胆だ。実に下らん。

 顔も可愛いし、スタイルも申し分ない。江城自身が彼女に全く興味を示さないんだ。ちょっとくらい俺に向けて欲しいもんだ。

 さて、最後になったが左の大谷春香さん。入ったばかりの一年生でこの娘こそ、生粋のオカルト好きだな。黒魔術とかにハマッている。部室にある衣装や小道具も彼女が持ってきたものだ。

 物静かだが、決して暗いわけじゃない。世間ズレしてるなっていうのはあるけどな。艶やかなストレートロングの黒髪が特徴だ。

 あと4人ほどいるが、今は紹介する必要もないだろう。

 さて、先程投げた言葉もお三方には届かなかった模様で、若干虚しい気持ちにもなる。わざとスルーされてるんだろうかね。言い方をキツくすると無視ってやつだ。

 仕方ないから俺もモニタに近づいてみる。

 人の隙間から見える動画は廃墟にビデオを回して探検するっていうよくあるものだ。

 だいたいネットにアップされるのは本当に映ったものばかりだ。

 この撮影者が撮ってからどうなったのかは全く説明が入ってない。

 ネットにアップ出来るくらいなんだ。きっと何事もなく平和に過ごしているのだろう。

 そんな思いを抱きつつ、安全圏内から危険な動画を鑑賞する。

「うぉー、あったあった!」

「え、なになに、どこぉ?」

「……窓?」

 江城が興奮する。ぶりっ子調でそいつに擦り寄る定本さん。

 俺にはわからなかった。後で答え合わせみたくスローモーションで流れるからわざわざ巻き戻す必要はない。

 そもそも、心霊動画ってのは気づくか気づかないかの世界だ。たまによく発見したな、と褒め讃えたいものすらある。

 今見ていたのは廃墟の奥側に本来人が居られるはずもない場所に人影が見えた、というものだった。

 答えを知った定本さんはキャーと大袈裟に叫んで江城にべったりする。

 ……俺と一緒に見てもそんな反応が全く無いんだぜ、勘弁してくれよ。

 逆に大谷さんは冷静に「おぉっ」と反応してるだけで特別なリアクションはない。この女子二人は両極端すぎる。

 対して江城は余裕の現れか、定本さんのスキンシップに無関心だ。逆に欝陶しいとか言いそうだ。俺にその女運分けろ。

「毎回見て思うんだけどさぁ」

 江城が呟く。

「俺達、オカルト研究なのにレポートとか作ってないじゃん」

 おい、講義で提出を求められるレポートに、さらにサークルのまで上乗せか。本気で勘弁してくれ。

「で、考えた。俺達もコレと同じ事しないか?」

「同じ事?」

 江城の提案に、可愛いらしく首を捻っておうむ返しする定本さん。

 可愛いんだが、俺に向けられてないと思うだけでウザったいぜ。

「……まさか、撮影?」

 これまたボソッと呟く大谷さん。

「そうだよ。せっかくオカルト好きが集まってるんだぜ? やらない手は無いだろ」

 江城がイスを回転させて振り向く。

「お前もそう思うだろ? 篠本」

 気づいてるなら俺が声かけたとき反応してくれよ。

「面白そうだけどさ、なんかやばくないか? 呪われたらどうするよ」

 実際、肝試し感覚でやろうって感覚だろうがもしもって場合がある。

「えーっ、面白そうじゃん! あたしやりたいかも」

 定本さんの意図思惑はこれ以上語らないことにする。どうせその内訳は一種類だ。

「……私も、面白そう」

 意外だったのが大谷さんだ。黒魔術専門じゃなかったのかよ。

「お、おい……マジか」

「三対一だぜ?」

 江城の余裕そうな表情が少し釈に障る。このままでは女子からビビり判定を喰らってしまう。

 俺は観念した。なんで参上直後にこんな事態に巻き込まれるかね。

「はぁ、わーったよ。で、他の皆も誘うのか?」

 江城は首をすくめる。

「冗談だろ? 佐々木さんに知られたら絶対ややこしいことになるって」

 それこそ冗談だろ? 江城の言いたいこともわかるが、言っても言わなくても同じ事になると思うんだけどなぁ。

 俺が返答に詰まっていると、江城は指でパチンと音を立てる。

 あいつの癖で、気持ちの切り替えによくやるらしい。

「よし、じゃぁ早速作戦会議だ。いつやる?」

 バッグから手帳を取り出して調べ物をしている定本さん。多分空いてる日程の確認だろう。

「……私、今度の土日、空いてる」

 小さな声で即答したのは大谷さん。

 まぁ、何となくわからんでもない。小声とオカルト趣味が合わさればクラスでも敬遠されがちなんだろうな……と予測が簡単だ。可愛くないわけじゃないんだけどな。

 人気だったのは、四月末までだったんだろう。

「当然、俺も空いてる。やっちまうなら、モチベーションがアップしてる今のうちが良いだろうしな」

 発案者とだけあって、江城は俄然乗り気だ。とはいえ、こいつはたとえ暇でも「飲みにいかね?」の一声で人を呼べる奴だからそんな事言えるんだ。

 俺と違って綿密に予定を組まなければネトゲしかすることのない男とは違うのだ。

 二人の予定を聞いて、唸る定本さん。

 スケジュール帳には何かが書かれていたんだろうな。

「う、うん、あたしも空いてるよ! 全然オッケー!」

 無理するなよ。というか、俺が誘っても適当にごまかすくせに。

 宣言してから定本さんは携帯をいじる。きっと予定キャンセルのお知らせだろう。罪深い男ってこういう事を言うんだろうか。

「よぉし、後は篠本だけだぜ」

「……空いてるよ」

 実際、予定は無かった。ネトゲで潰すかしか考えてなかったし。

「よし、じゃぁ決定だ。カメラは俺が持ってくるけど、出来たらでいいからみんなもよろしく」

 大谷さんは俯き、定本さんは携帯を差し出す。きっと二人とも持ってないんだろうな。

「携帯じゃダメなのかな?」

「画質とかの問題があるから、ちょっとな。検証しやすいように、画質はやっぱり高い方がいいし」

 だったら俺の持っているやつは合格だな。12メガピクセルのデジカメで動画撮影モード付きだ。文句はないだろう。

「……俺も持ってくるよ」

 江城は満足そうに頷いた。



 次に撮影場所を探し始めた。

「行くなら、本当に出そうな場所がいい。中途半端だと時間の無駄になる」

 確かにそうだ。幽霊を撮りに行くというのが目的になるから、呪いだの祟りだのを恐れて変な場所へ行くより、ガチでヤバそうな所へ行ったほうがいい。

「……とすると、病院」

 大谷さんの意見は、まぁ定番ではある。

 ここで俺が一ひねり加えてみる。

「迷いの森でも出そうな感じではあるなぁ」

「あたしらが帰れなくなったらどうすんの。バカなの? 死ぬの?」

 定本さんのお怒りが飛んでくる。そこまで言うことはないじゃないか。

「まぁまぁ……とすると、定番だけど、病院が一番良いのかな」

 江城はインターネットで病院の廃墟を検索する。

 心霊スポットとして有名なのはヒットするが、だいたい辺境だったりしてとても日帰りできる場所ではない。

「あとは……学校くらいだけど、ここらで廃校になったのって聞いたことないしなぁ」

 カチカチとクリックする音だけが響く。予定が定まったところで行き先がなければ無意味だ。

「えっとさ……十年ちょっと前に病院で爆発事故、あったよね?」

 頬に指を当てて、定本さんが記憶から捻り出すかのように呟く。

 ガキの頃のことだからあまり覚えてないけど、そんな話もあった気がする。

 うちの家系全員、無関係だったので印象が無いだけだ。

「あぁ、あったな。ってかよくそんなこと覚えてたね」

 江城が感心する。定本さんは得意げな顔だ。

「うちのおじいちゃんが入院してたんだ。爆発事故の前に退院してたから今も元気なんだけど」

 不幸中の幸いってやつだな。それとは逆にそのタイミングで不幸を被った人も多かったろうな。

 江城はその当時の記事を掘り起こす。

 小太原駅からバスで二十分程で到着する、小太原大学病院。

 今から十三年前、原因不明の爆発が起きて、その場にいた医師、看護師、患者含めて五百人以上が被害に遭った。

 生き残りはわずかで、その殆どが命を落とした。

 古い病院だったし、立地もあまり良くなかったこともあり、再建の予定は無くなって別の場所に新しく建設されたという。

 心霊スポットでも有名な場所だが、インターネットによる心霊報告は来てない。

 その話だけでも恰好の餌食なのは間違いなさそうだが、これは一体どういうことか。

「電車で一時間程度だし、行けなくはないな。いわくつきだし、これは行くしかないだろう」

 江城の心霊魂の炎が燃えている。ヤバさの度合いで言えば最高ランクじゃないかと思える程だ。確かにヤバイ。

 まさかのとんとん拍子。ここまで早急に決定するのも何か見えない力が働いているのではないかと疑ってしまう。

 幽霊の導きか? いやいや、それはさすがに考えすぎだろう。

「よし、じゃぁみんな。今度の土曜、十一時に縦浜駅に集合だ」

 江城の指揮で、それぞれ頷く。

 ……とんでもない事に巻き込まれたもんだ。

 それが、実際にヤバイ事態に発展するなんて、予想出来るわけがなかった。

 そりゃあさ、可能性があることくらいは解ってたよ。でもそんなの考えたくないじゃないか。

 夏休みが明けたばかりの、暑さが残る頃だった。

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