二、廃墟への侵入 |
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【○】 |
縦浜駅には既に定本さんが待っていた。 「あれ、定本さん一人?」 いつものお洒落着で、いつものミニスカートじゃなくてジーンズだ。さすがに動き回ることを予想したか。 「なぁーんだ、篠本かぁ」 なぜそこで残念そうな顔をするんだろうな。俺は今にも泣きたい気分だよ。 「他の二人はまだか……」 「あたしらが一番乗りみたいだね。一番手が江城君だったら良かったのに」 そう言うなって。俺は定本さんのお洒落姿一番に見れて嬉しかったりするんだぜ。邪険に扱われてるけどさ。 「……おはようございます」 後ろからぬっと出てきたのは、我がサークルの黒魔術師大谷さん。 黒魔術とかいう割には黒の半袖プリントシャツに膝上までの白スカートだ。 白の広つば帽子をかぶっているモノトーンファッションだが、物静かな彼女にはむしろピッタリだ。 デカデカとプリントされた髑髏で霊を呼び寄せる気満々である。 「おぉーっ。春っちもこういう感じ、可愛いねぇ」 「……定本先輩もステキです」 女であることをいいことに定本さんが大谷さんにベタベタと抱き着く。 大谷さんも嫌がる気配はなく、少し恥ずかしそうに受けている。いや、これは照れてるのか。 あぁ、こんな甘いスキンシップが許される立場になりてぇなぁ。俺がやったら絶対即セクハラ認定だぜ。 「……篠本先輩、カメラ用意しました?」 抱き着かれながら、大谷さんが聞いてきた。カメラ要員は俺と江城のみだ。当然忘れちゃいないし、充電もデータ初期化も完璧だ。 「おうよ、ここにご自慢のカメラがあるぜ」 そう言ってショルダーバッグからデジカメを取り出す。 見せ場を意識してか、カメラ紹介にも気合が入る。 最新でもないが俺の愛機だ。 「景気づけに一枚撮っとくかい?」 「……いいです」 冗談っぽく言ったら険しい顔をされた。 本当さ、泣きたくなるぜ。一緒に写るわけじゃないのにそんなにイヤかい? 「おぉい! みんな早いな! 待たせちまって悪かったな」 やっと江城がやってきた。 「ううん! 全然大丈夫だよ!」 妙にハイテンションになって定本さんが手を振る。 俺と一緒の時と全然違うんだ。この裏表をなんとかしてくれ。 「……私も、今来ました」 それに大谷さんもか……なんだよ、嬉しそうに頬を緩めやがって。 「よし、みんな揃ってるな。じゃぁ早速電車に乗って……小太原に着いたら飯食って病院に行くか」 意気揚々と腕を上げ、心霊動画撮影を目指す日帰り病院ツアーが始まった。 四人掛けのイスに皆座ることができ、揺られながらみんなで作戦会議をする。 とはいえすることは単純だ。ビデオを撮って帰るだけ。四人固まる方が安心感はあるが、撮影効率が悪い。 「つまり、二人一組で別れて撮影しようってことだ。俺と篠本はカメラ持ちだからバラける必要があるしからな」 ふふん、粋なこと言いやがって。つまりは定本さんか大谷さんと二人きりで撮影するってことだ。確実にデートイベントじゃないか。やるぅ! 「あ、いいねー! それ、採用!」 定本さんもはしゃいで賛成した。きっと江城と一緒になる事だけしか頭にないんだろうな。残念だが、俺と一緒ってこともあるんだぜ!? あれ、自分で「残念」とか言って虚しくなってきたよ…… 「よし、じゃぁチーム分けは各々で。じゃんけんの勝ち負けで決めるか」 そう言って俺と江城は席を離れて彼女らの見えない所で勝負する。 結果は一発で出た。あとは女子待ちだ。 席に戻ってみると、定本さんがものすごくがっかりしたような、周囲に青筋が覆っているような雰囲気が見えた。 どうせ「勝った方が江城と一緒」とか思っているんだろうなぁ。 「じゃぁ、じゃんけんに勝った方、手を挙げて」 江城の合図で、俺と大谷さんが手を挙げる。 「よし、じゃぁ決まったな。俺と定本で、篠本と大谷ちゃん」 機嫌が復活したのか、とんでもない勢いで拍手して喜ぶ定本さん。 大谷さんもワキワキ動いてた勝利のVサインがピタッと止まる。 俺、もう帰っていいかな…… 「俺としては篠本と定本で『モトモトコンビ』とか面白そうだったんだけどな」 「えぇ? いいよ……」 江城の面白そうな提案も、一瞬で否定される。本気で嫌そうな顔しないでくれよ。 組み合わせが決まってから、大谷さんもちょっとつまらなさそうに外を見てるし。俺の立場って一体…… 電車は止まる事なく順調に進み、期待通りの時間に小太原に到着した。 首都圏内でありながら、都会とは随分離れた町。 田舎というほど寂れてもいない、むしろお土産屋で賑わうほどだ。 そんな小太原に、俺達四人はまず飯を喰った。海鮮丼を美味しくいただき、腹が満たされたところで廃墟となった病院を目指す。 地図も用意したし、降りるバス停もチェック済みだ。 あと、念のために塩も用意した。 こういうのは実際効果があるのかはわからないが、心理的に安心できる。こういうヤバそうな場所に行くからこそ、過剰なまでの準備が必要なのだ。 バスに乗り、徐々に病院に近づいていくに連れ、各々の口数が減っていく。 さすがにみんな緊張をし始めたようだ。かくいう俺も心臓の鼓動が強くなっている気がする。 最寄りのバス停に降りて時間をチェックする。 帰りが早くなるにしろ、遅くなるにしろ、無駄に待たないようタイミングを知るのも重要だ。まだ病院からも遠いのに、ヤバい雰囲気が伝わってくる。 風がざわついている。よくある演出だぜ。 「よし、ついにここまで来たな……みんな、気を引き締めて行こう!」 気軽なピクニック気分でやってきた女子二人は元気よく腕を上げた。 このヤバさに感づいているのは俺と、多分江城もだ。 長い坂を上がって敷地に踏み入れる。 フェンスを越える時に大谷さんのスカートがめくれそうになる。 顔は逸らし、目線だけ眩い太ももに向ける。 真っ正面から見ればモロ見えなんだろうな。気を使って少し離れているし、角度もあったから諦めたけど。 でも着地の時に見えた。白と黒の縞模様だ。 ふふふ、可愛いじゃないか。一枚撮りたかったぜ。 「……見ました?」 恥ずかしそうに、真っ先に俺に向けて言い放った。何故そこで江城にも向かって言わないんだ…… 俺は全力で首を振る。下着までモノトーンを意識してるんだね、なんて口が滑っても言えないな。 廃墟となった病院を前にして、言いようのない恐怖が背筋を襲う。 ここで、十一年前に原因不明の爆発事故が起きた。死者は五百名を超える大惨事だった。 今はもう使われもしないし、とり壊しの話もないという。心霊スポットとしては大本命もいいところだ。 「よし、俺がカメラを回そう」 カメラを動画モードにして、撮影が始まった。 「とりあえずホールまではかたまって行こう」 江城が先導し、定本さん、大谷さん、カメラを回している俺の順番で中に入っていく。 瓦礫と埃で、全く手入れがされていない。本当に誰も立ち入ってないんだろうな。 「……よし、じゃぁここから二手に別れよう。俺と定本は地下一階、篠本と大谷ちゃんは二階の方を頼む」 江城の指揮で、ついに心霊撮影ツアーの本番が始まる。 「うわぁ……なんかすごく無気味じゃない?」 「……二階も怪しいですね」 女子二人は雰囲気に圧されて怖じけづいている。こういう時の為に、俺達男性陣が付いているんだぜ。大谷さん、俺が守ってやるぜ! こういうときこそ、男を見せないとな。 「大谷ちゃん、篠本に気をつけてよ。二人きりになったら何するかわからないから……」 「……はい。今はオバケよりも篠本先輩に何されるかの方が怖いです」 ……冗談でもそれはキツイぜ、お嬢さん方。 俺ってそういうイメージなのかい? 「まぁ、それはカメラが証明してくれるだろうさ。途中で途切れたりしなければ問題ないさ」 江城のフォローも微妙だぞ。 「安心しろ。俺はこれでも紳士だ」 「……パンツ見たのに?」 俺のそばまで来てボソッっと呟く。 見てねぇっつってんだろ。いや本当は見たけどさ。 俺達は二手に別れ、埃と煤にまみれた階段を上る。 二階ということもあって、日光の届く場所が多かったが、俺達は敢えて日の届かない奥に踏み入れる。 光のない暗闇が、恐怖感を煽る。 ライトの類いは持ってきたが、さすがにそれだけでは心許ない。 「ここ、何の部屋だったのかなぁ……」 病室にも見えるし、診察室にも見える。あまりに暗すぎて前がハッキリとわからない。 カメラは暗視モードにしているので、恐らくこの暗闇でもハッキリ撮れているだろう。 二人して、光の射さない病院を無言で歩く。ここで気を聞かせて世間話でも……という気分でもない。 最初はズカズカ前を進んでいた彼女も、深いところに入っていくにしたがって歩調も弱くなっていった。 十分程して、向こうから声が出てきた。 「……あの、篠本先輩」 「え!? な、なに?」 「……怖い、です」 今にも泣き出しそうな、震えた声だった。 「あぁ、俺も正直ビビってる。結構コレって怖いんだね。何も無いのに……」 すぐ後ろで、ライトを持って震える女の子がいる。このシチュエーションは……ものすごくオイシイ。でも正直怖い。 「……そうじゃ、ないです」 「ん?」 「……感じるんです、悲しみ、怒り、恐怖、そして羨望」 羨望? うらやましいってことか? 幽霊のキーワードにしては的外れな感じがするけどなぁ…… でも、大谷さんは黒魔術をやっている。もしかしたらこういうのに敏感なのかもしれないな。 「なぁ大谷さん、それどこから感じる? もしかしたら何かいるかもしれないぜ」 これはチャンスだと思った。大谷さんの示す方向にカメラを向ければ上手く幽霊の撮影に成功するかもしれない。 「……わからないです。いろんなところにありすぎて」 おい、マジかよ逆にそれは恐すぎるぞ。 ってことはカメラに写りまくりなのかい? 「先輩……」 ピタリと大谷さんが俺の体にくっつく。 お、おい! マジか!! 「ん?」 俺は精一杯、冷静なフリをする。 「辛いです。手を、繋いで下さい……」 甘えるような泣き声で、俺のライトを握る手を掴んできた。 うぉぉ! なにこのラブコメ展開! 俺、今ここに来て良かったぁ! でも「辛い」ってちょっと心配だな。 「あ、あぁ……ちょっと待ってて」 俺は手持ちライトを頭にバンドで固定する。 簡易ヘッドランプを作って、片手を自由にする。 「さ、大谷さん……」 「……はい」 喘ぐような深い呼吸をして俺の左手を握る大谷さん。怖いのもあるのだろうか、震えてるのが伝わる。 腕に絡みつくように身を寄せる。む、胸が! あまり大きくないけど胸が俺の腕を挟んでるよ! もう幽霊がいるとかここが心霊スポットだとかよりも、大谷さんとべったりしている方がドキドキする。やべぇ、今の超俺リア充じゃね? 腰に手を回しちゃおうかなぁ…… 「な、なぁ。もっとくっついた方が楽じゃないか?」 そう言って俺は手を離し、彼女の細い腰に手を回す。 彼女も怖いからか、俺の体にべったりとしがみつく。全身の震えも、心なしかおさまった気がする。 「……はい、これなら」 震える声がまた可愛かった。よし、俺が護ってやるぜ! 幽霊ども、かかってこいや! そんな意気でいると、ポケットの中にある携帯がブルルと震えた。 マナーモードにしていたからだが、さすがに驚いた。 この短さからすると、メールか。 もう撤収の時間か? まだ早いだろうに。 とりあえずこんなオイシイシチュエーションなのだ。メールは無視して、もうちょっと探検してから合流しよう。 暗くて、表情は見えないけど。大谷さんもすごく可愛いよなぁ。 うん、もうちょっと楽しもう。 |
【△】 |
篠本達と別れて、俺達は地下へと潜った。 地下というだけある。本当に光もないし真っ暗だ。 二階の方だって負けてはいないだろうが、ここまで完璧に暗いとさすがに怖じけづいてしまう。 「江城君、怖くないの?」 後ろで俺のシャツを掴んでいる定本が不安そうな声を上げる。 「まぁまぁかな。でもさすがに暗いってのはやばいけど」 正直なところ、怖いというよりワクワクしている方が当て嵌まる。 「江城君って強いんだね」 「ん? そうかぁ?」 こんな時に妙な事を言うなぁ。ま、図太さで言えば相当かな。 「暗くて無気味ってだけだろ。幽霊が出ても大したことにはならねぇよ」 奴らに物理的な何かが出来るわけでもないだろう。呪いだとかもあまり信じてない。あれば面白いだろうなっていう程度だ。 「ははっ、あたしには無理だなぁ……今もおっかなくて」 定本はため息と一緒に弱音を吐く。そんなに怖いなら何で参加したんだろうな。 「……だったら俺に捕まってろ。絶対離れるなよ」 「あ、うん!」 まるで狙ったかのようにしがみついてくる。全く、面倒だな。 音もない暗闇を進んでいく。 開いたドアが見えたのでくぐってみる。 「ちょっと、そこ危ないよ!」 「危ないもんか。何も起こりはしねえって」 やはり暗闇で何も見えない。カメラにはどんな風に映っているだろうか。 一通りカメラを回し、中を探索する。 俺はその空間に違和感がした。 「……おかしいな」 「な、なにがよぅ……」 「キレイだ」 「な、なによいきなり……そんな目の前であたしのことを」 「違う」 定本は一体何を言ってるんだ。 机らしき部分にライトを当ててみる。手入れがされている。 指でなぞる。埃が思った以上に少ない。 俺は奥に進んでみる。もしかしたら隠された何かがあるかもしれない。 「あ、ちょっと待って!」 定本が慌ててついてくる。 部屋を一つ抜けると、臭いが少し違った。 「うわっ、何だか臭い変じゃない?」 「生臭いな……これは腐敗臭か」 ライトで辺りを照らすが、何があるのかは不明だ。 「ねぇ、コレ……血かな?」 定本が照らした所に赤黒い染みがある。恐らく、血なのだろう。 もしかしたら爆発事故の現場なのかもしれないな。 検証の為にも動画モードからカメラに変えて、何枚かフラッシュで撮影をする。 周りも何枚か撮ってみる。違和感の答えがそこにあれば良いが…… 「ねぇ、そろそろ出ない? 気味悪いよぉ……」 定本の情けない懇願。確かにちょっと長居したかもしれない。 「そうだな。じゃぁ次の部屋に行ってみるか」 「えぇ〜?」 まだ撮影する場所は残っている。篠本達との合流が遅れるのも良くないだろうな。 |
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