四、奇妙なメル友

【○】
 送信者の表示されないメールを受信して、俺は硬直した。

 相手の名前が表示されない事なんて有り得るのか?

 いや、名前の部分を空白で登録すれば可能なのかもしれない。今までにそこまでタチの悪い人間なんて周りにいなかったから動揺してるだけかもしれない。

 あまりの奇妙さに固唾を飲んで固まっていると、携帯のバックモニタが消えて着信のランプだけが点滅している。

 とりあえず取り上げる。携帯を開き、画面に『一件の新着メールがあります』の文字。

 中央ボタンを押す。すると真っ先にメールが開かれた。


from
件名
  あナタ

      ダ ぁレ ?


「うわぁっ!!」

 俺は気味の悪さに携帯を放り投げた。

 なんだよ、フォルダ確認とか未開封の状態まで飛ぶんじゃなかったのかよ。

 心臓が潰されそうなほど苦しい。今までこんな恐ろしいメールが来ることは無かった。だとすれば、考えられるのはただ一つ。

 あの時の心霊ツアーだろう。カメラには一切写らなかったのにこんな現象でやって来るとは、誰が予想したか。

 深呼吸を繰り返し、少しばかり落ち着きを取り戻す。

 携帯を拾い上げて、再びメールを見る。

 ひらがなとカタカナが不規則に入り交じる、恐ろしいまでの文面。

 オカルト大好きと腕を上に掲げながら、いざこんな状況になるとビビる俺、超カッコ悪い。

 しばらくそのメールを見つめていると、落ち着きを通り越して好奇心が沸いて来た。

 もしこれが誰かのイタズラならそれに越したことはないし、心霊現象の一種ならメールを出したところで送信エラーになるはず。

 それに、よく確認してみたらメールアドレスも無いじゃないか。

 ……はぁ? メールアドレスが無いだと?

 ならば、なおさら返事を出そうとしてもエラーが出るんじゃないか?

 いやいや、それ以前にメールが来る方がおかしい。

 しかし深く考えたところで状況が変わるわけでもない。

 今ある選択肢は大まかに二つ。

 一つ、このまま無視を決め込むか削除する。

 もう一つ、このイタズラじみた現象に乗っかってみる。

 つまり、返事を出してみようという事だ。

 なに、どうせ何も起こりはしない。相手のメアドが存在しないのだ。送りようがない。

 携帯側で『宛先が無いです』ってブロックされるだけだ。

 よし、というわけでやってみよう。

 奇妙な文メールを開き、返信ボタンを押す。普通の返信画面が出た。『Re:』の部分も同じだ。


to
件名 Re:

俺は篠本っていうんだ。君は?


 さて、これでOK。送信ボタンを押したところできっとエラーが出る。

 はい、ポチッとなっと。

 ところがどっこい、携帯は何もないかのように普通に送信しやがった。おいおい、宛先無いのにどこへ送ったっていうんだい?

 そんな疑問をよそに、メールはすぐに返ってきた。その瞬間、俺の背筋に冷や汗が流れた。


from
件名
なん

 テよ  ムの?

 ワタシ ハ まきエ


 おいおい……マジかよ。ヤバイぞ、わけのわからないメールに返事を出して、さらにその返事が返ってきやがった!  そこで初めて俺は焦りを感じた。好奇心に付き動かされただけにしては、ヤバさが半端ない気がする。

 さすがにこれ以上突っ込むのは危険な気がした。もしだ、これが霊的現象なのだとしたら……最終的には呪われる。

 よく聞く不可解な死や行方不明事件の被害者になってしまうのだ。

 さすがに閉じて無視する。返事さえしなければ問題ない。これからも安全なまま生きていけるのだ。

 携帯の事が気になりつつも、放っておいたら再びメールが来た。

 送り主のないメールだ。


from
件名
ネぇ あなた

   はだ   レ?


 おいおい、勘弁してくれ。無視しようと思ったら向こうから来るのかよ。

 俺はさらに無視を続ける。ヤバイ、明らかに軽はずみな行為だった。

 最初から無視しておけば良かったんだ。

 そして、無情にも着信はやってくる。


from
件名
へんじ シ

    てええエエえええ


 メールを読んだ途端、棚から本が三冊ほど落ちた。

「うわぁっ!!」

 突然の落下にビビる俺。

 おぉい……冗談だろ? これ、幽霊の仕業かよ……偶然だよな?

 もしこれが本当に幽霊がしたことなら今無視をするのは余計危険だ。いや、こうなったらどちらが安全かなんてわかったもんじゃない。

 意を決して返事を送る。余計な刺激を与えない為に。


to
件名 Re:

すまなかった。しのもとって言うんだ。君は、マキエでいいのかい?


 メール送信!

 これで少し落ち着いてくれればいいが……

 そして返事はすぐにきた。


from
件名
よか タ  こ

 えトド いタ 


 一瞬だけ、どう読むのか戸惑った。

 良かった、声、届いた……つまり、相手の幽霊は俺と連絡が取りたかったということなのか?

 それとも、誰にでも良いから何か伝えたい事があったということか。

 心霊写真の専門家がよく言う話だ。幽霊は何かしらのメッセージを抱えている、と。

 ここまできたらもう引っ込みがつかなくなってしまったが、心霊体験としては非常にオイシイ……としておこう。今だって手の震えが止まらないんだぜ。

 俺、最後は呪われて死ぬのかな……

 ええい、もうこうなったらヤケだ。この冗談じみた恐怖体験を楽しんでやるぜ!


to
件名 Re:

どうかしたのかい?


from
件名
たすケ てた  スけテ 

    タすケ    て


 幽霊のメッセージは大半が救助を求めている、と聞いたことがある。

 老衰等で人生を真っ当した人は未練が無いという意味ですぐに成仏されるという。逆に、人生半ばにして病気で倒れた人や事故、殺害された人等は未練が残り、常に助けを求めて声を上げているのが多いのだとか。

 ちなみにソースは部長。

 文面で完全に把握は難しいが、おそらく事故か何かだろうな。


to
件名 Re:

落ち着いて。俺にも限界はあるけど、やれることは手伝うよ


 刺激を避ける為にも、優しい印象が受けられるように文面にも配慮を入れる。まずはマキエに何が起きて、何を求めているのかを把握しなければならない。でなければ動きようがない。


from
件名
  アイ

 たい  


 この文体にも慣れてきたのか、開く時の恐怖感は薄らぎつつある。

 そしてこの一文だ。きっと、家族とかなのだろう。

 この場合、俺であってほしくない。


to
件名 Re:

誰に会いたいの?


 返事はこうだった。


from
件名
わ  ラ な

  か   い



 妙な打ち方をしおって、一瞬迷ったじゃないか。つまり、一切不明か。

「なぁーんだよ、そりゃ」

 何も手掛かりがないんじゃどうしようもない。

 おや、メールを打っているうちに大分時間が遅くなったようだ。


to
件名 Re:

わからない、じゃぁ手伝いようもないなぁ。とりあえず今日は寝る。


 そう送って携帯を充電器に接続して寝に入る。

 寝間着に着替えて、まだ風呂に入ってないことに気づいた。

 ……ええい、面倒だ。このまま寝てしまえ。

 布団に入ると、メールの着信音が鳴った。

 間違いない、幽霊からだ。

 おい、勘弁してくれよ……俺は寝たいんだが。

 無視していると、またメールが来た。お気に入りのアニメソングで設定している着信音が、今だけはかなりウザい。

 仕方ないので開けてみる。


from
件名
ねチャ うの?


from
件名
もっ とハナし タい


 うぉーい、やめてくれよ。お前は寝なくてもいいんだろうけど、こっちは結構大変なんだぜ。

 そしてさらにメールはやってくる。

 さすがにヤバイので電源を切ってそのままにすることにした。

 とりあえずこうしてしまえばメールは受信のしようがない。

 ざまぁみろ……これで安心して眠れる。

 ……と思ったら甘かったみたいだ。相手は心霊現象だ。

 バサバサと本が床に落ちていく。泣きたい気持ちになったがもう諦めるほかない。

 本が全部落ちたのか、もうこれ以上の雑音はなかった。

 そしたらお次は金縛りときたもんだ。

なんだか妙に体が重いんだ。

 犬とかに乗っかられてるっていうのかな、そんな感じ。

 俺さ、もう十分呪われてるよね……?
【☆】
 帰りのバスの中、「館の住人達」の文字達を追いかけてあの娘が好きだった世界に浸る。

 登場する住人達はどこかおかしくて、温かくて、切ない内面を抱えている。

 最初は抵抗のあったストーリーだけど、飛び込んでみるとそれがすごく面白い。

 きっと、あの娘もこういうところに惹かれて愛読していたのだろう。

 この最新刊でも物語は終わりに向かおうとはしない。むしろまだまだ展開すると予想できる。

 多いと思っていた住人がまた増える……逆にいつ終わりが見えるのか全く予想ができない。

 もう、今あの娘はこの物語に浸ることは出来ない……それが余計に切なかった。

 白い擦り傷だらけの携帯を取り出す。

 バッテリー交換をして何年間も愛用し続けている携帯電話。あまりにも世代が古すぎてみんなについていけない。

 赤外線もない。だからその便利さも知らない。

 画素数の低いカメラで撮った写真を開く。

 変わらない無邪気な笑顔がそこにある。

 今はもう、そばにいない笑顔だ。

 バスが家からの最寄りに到着した。降りて真っすぐに帰宅する。

「ただいまー」

 居間に入ると、父が電話を片手に落ち込んでいた。

「里美……おかえり」

 母も憔悴した表情で迎えてくれた。

 どんな電話で、どんな話か一目瞭然だった。

「やっぱ、何もなし……?」

「……あぁ」

 父の返事もどこか投げやりだ。


 月に一度、定期的に警察に電話をしている。ある行方不明事件の続報を期待して。

 今回も、進展はなかった。

 正直なところ、私はもう期待していない。事件発生から四年も経っている。

 ここまで進展が望めないのだ。警察も真っ当な捜査はしてないだろう。

 今あの娘がどこで何をしているのか、わからない。

 できることなら生きていてほしい……そして帰ってきてほしい。

 でもそれが絶望的な事くらい、私は理解していた。

 諦めきる事ができないだけだ。それは両親も一緒。

 家族で旅行に行ったときの集合写真を手に取る。

 今はその思い出が愛おしく、辛い。

「牧江……」

 今はここにいない、妹の名前が不意に漏れた。

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