六、その後の憂鬱 |
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【○】 | ||
幽霊とメル友になって二回目の朝。 相変わらず部屋は散らかったままだ。 落ちるべき本は全て落ちているので騒音に悩まされることはなかった。 携帯もマナーモード、さらにバイブ機能を切ることで解決。 目覚ましも電気屋で安いのを買ったので寝坊対策は完璧だ。 順応性が高いのだろう、幽霊からメールが来まくるという現状にもう慣れてしまっていた。 それに、幽霊の目的が俺でないこともハッキリした。恐れることはなにもないのだ。 ただ、何故俺の所に来たのか……それだけが不明なんだがな。 数ある文句を垂れた着信メールを一括既読扱いにする。 ちなみに消しはしない。こんなオイシイネタを消すだなんてもったいないしな。 さて今日もマキエの怒りもどこ吹く風の爽やか返信をするか。 朝の挨拶から始まる幽霊との交信。なんだか普通に楽しくなってきた。 講義を終えて、ちょっとの間だけオカルト研に顔を出す。 「おぉ、篠本か。今日は早いな」 佐々木部長が端末を前に座っていた。 「部長、何してんスか?」 「先日お主らの撮った写真をだな……確かに奇妙な所があってだな」 奇妙? 結論は何も無い……で終わらなかったか? 「江城が気にしていた事が俺も引っ掛かってな」 「江城が?」 あぁ、部屋が綺麗だって話か。 別に心霊現象と関係ないだろ、とかで全く俺は気にしないけどな。 「写真を見る限りだが、確かに清掃されている。小太原の病院はあの爆発以来使用はされてないはずだ。それでこの整い具合、江城の言う通り不自然だ」 「ふぅーん……」 俺は身に降り懸かっている本格的な心霊現象のおかげで全く興味を示さない。掃除されてるから一体何があるっていうんだか。 「篠本、これを」 そう言って部長は携帯をいじって俺に見せる。 「ん、なんスか?」 改装中のコンビニ……か? 小汚い暗闇の中にぼんやりと光る点がある。 「我が撮った心霊写真だ」 「ハアァ!?」 待てよ! 心霊写真ってそんな簡単に撮れんのかよ! 「半年ほど前に強盗が押し入って店長と客の合計3人が殺された事件、これはそのコンビニ跡地での写真だ」 あぁ、そんな事件あったあった。ヤク中の犯人が現実とゲームの世界とが混同して……ってやつだ。 ニュース番組でゲーム脳がどうとかやってて欝陶しいことこの上なかったな。 しかし、それよりも…… 「よく狙ったように撮れましたね……」 「あぁ……それはな、これのおかげだ」 そう言って取り出したのは幽霊ホイホイの水晶玉。うわー、それ絶対ぇ嘘くせぇ。 「効力を試しにな。おかげでこれが撮れたってことだ」 まぁ本人がそう思うならいいんだけどさ。 「言いたいのはそれじゃない。よく見ろ、携帯の画質とはいえ、埃まみれなのはわかるだろう」 確かにわかる。無惨な事件だった為か気味が悪くて人が近付かないらしいしな。埃だらけにもなるだろ。 「それと比べたら……篠本達が行った時、この病院は廃墟だったのだろう?」 「えぇ」 俺の見たところ、瓦礫まみれで整ってすらいなかったけどな。 「するとつまり、今でも使われてる……とも考えられる」 部長の言いたい事は何となくわかった……そして、次に発せられた一言で、俺の背筋は凍った。 「ヤバイ事でも行われてたりしなければいいが」 結局俺はその後誰とも会わずにオカルト研を抜けてバイトで労働を完了。 今日も大型本屋は大盛況だった。さすがに疲れたな。 部長から見せて貰った携帯を思い出して、呟く。 「写メ……か」 マキエとの交信方法は、今使っている携帯電話。もし、だ。写メを送ってみたらどんな反応が来るんだろうか。 せっかくのトンデモ現象だ。試さない手はないな。 とりあえず送る写真は適当ではよくない。ましてや人物なんてご法度だな……いや、アイツはいいか。 とりあえず路上にいる猫を撮り、添付して送ってみた。 さて、どんな反応がくるかなぁ……
心臓が跳ね上がった。 驚いた。コイツ、写メを通してならこの世界を見る事ができるのか。 今までは身辺状況を雰囲気でわかっていた感じだが、この方法なら世界をそのまま見せられる。
しかも、マキエは感情を失っていない。何気なく撮った一枚の写真が、俺の好奇心を強く刺激する。 携帯と幽霊という組み合わせが、どこまで可能性を秘めているか試したくなってきた。 自室アパートへ、急いで自転車を転がす。 次々と試したい事が頭の中で沸き起こる。どんな理科の実験よりも、興味深く面白い。 トンデモ現象の解析だ。いくらオカルト研究サークルで待ちぼうけても遭遇出来なかった事態に、興奮が治まらない。 自室に到着し、早速パソコンを起動。 帰宅中に頭に浮かんだ、するべき実験をテキストエディッタで羅列してみる。 ・マキエの行動範囲を調べる ・写真による認識 ・通話は可能か ・実体化は可能か ・他の端末にメールを出させる事はできるか ・マキエの見える世界の検証 順不同、かつ内容が重複しているものがあるだろうが、とりあえずはこんなもんだ。 これらをしっかりと検証し、レポートにまとめる。 すげぇ、大学の講義レポートより気合いが入るぜ。 このモチベーションなら……徹夜も頑張れそうだ。 さてさて、早速マキエにメールを送ってみよう。 考察を交えながらやっていくか……意外とマキエって大人しいんだよな 。 まずは「他の端末にメールを出させる事はできるか」について。さてさて、どんな文面で誘導してやろうかな。 |
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実験は順調だ。 保管庫内の格子の奥で足を鎖に繋がれている女は絶望感に憔悴したのか、全く動こうともせず床に伏せている。 私の到着に気付いたのか、ピクリと反応を示し、一瞥する。 しかしその視線は再び床に伏せた。 「どうした……いつも以上に元気がないな」 伏せた女は返事をしない。 「帰りたくはないのか?」 「…………」 右から左へすり抜けるかのように、反応が皆無だ。 最大の希望だった「協力してくれれば帰す」という言葉も、最早力を持つことはない……ということか。 完全に私の言葉を信じようとしない。 無理もない。ことあるごとに「家に帰そう」等と心ない嘘を吹き込んでいたのだ、諦めにしろ疑いにしろもうその嘘に意味はない。 これでは非常につまらない。 私は鍵を開けて格子の奥へ踏み入れる。 女の髪を掴み、顔を無理矢理引き上げる。表情に力はないが、冷たい目で睨んでくることだけは忘れてない。 頬はこけ、目元には不健康を象徴するかのように黒ずんだ隈が走っている。表皮は潤いを失い、一部が白くめくり上がっている。 投薬の効果か、片方の瞳孔が赤く煌めいている。 ここまでは成功だ。あとは副作用を調べるだけだ。 私はいつの間にか口元がつり上がっていることに気付いた。 「実験」に大きく貢献してくれたのだ、本格的なご褒美を与えても良いだろう。 「おい」 髪を放してストールと鏡をロッカーから引っ張り出し、女の前に置く。 「協力してくれた礼だ、今度こそ外に出してやろう」 足を繋ぐ鎖を解く。 女は慌てて鏡を手にとって自分の姿を確認する。 直後、耳が裂けそうなほど大きな悲鳴が聞こえた。 帰りたい帰りたい……かつて何度も叫んだその口が今度は拒絶を吐き出した。 女心というものは、わからんものだな…… |
【○】 | |||||
・実体化は可能か……の項目検証でどう引き出したらいいかを考えて、結論が冗談めいたこの一文だった。 メールを送って返事を待つ。 自宅のノートパソコンを前にチェアの背もたれが音を軋ませている。 何だろう、こう待つってヤキモキするっていうか、時間の進みが遅いっていうか早く返事来てくれ。 五分程して、やっとメールが到着。 うぉー! 待ちくたびれたぜ?
照れてんのかよ? おい、案外可愛いところあるじゃねぇか。 どう引き出そうか考えていると、マキエからメールが来た。
なるほど、要は一緒に写ろうってことか。 ……っておぉい! マジか、意図的に心霊写真が撮れるってのか。佐々木部長みたいに。 いや、アレの効力は全く信じてないけれど。 ともあれ、これは滅多ないチャンスだ。俺は早速携帯を自分に向けてカメラのシャッターを押した。 携帯のではあるが、現代のはかなり画質が進化している。 高みを知らない心拍数を抱えながら、俺は撮れた写真とにらめっこする。 うーん、怪しいところはどこにも見当たらないなぁ。 突然メール着信画面に変わってびっくりした。集中していたからなおさらだ。
失敗かよ! 再度挑戦する事になったが、今度はタイミングを合わせるメールを送った。 二度目の撮影……俺は息を飲んで確認する。 やはりパッと見ではわからない。
指定された場所を見てみる。 本棚の後ろあたりに黒い影で、覗き込む女の姿があった。 「……怖ぇよ」 これは偶然か意図できるのか……いやもうこれは疑いようがない。 完全に幽霊だ。 俺は改めて自分の今置かれている状況に気づき、冷や汗が背を伝った。 |
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