八、幽霊報告書

【○】
 以前マキエに関する調査を意気込んで羅列したのをお覚えだろうか。

・マキエの行動範囲を調べる

・写真による認識

・通話は可能か

・実体化は可能か

・他の端末にメールを出させる事はできるか

・マキエの見える世界の検証

 これらだ。

 簡単ではあるが、調べた事について報告したい。

 調査期間一ヶ月の成果が、ここにある。



 これまでの中で、既に知れた項目がいくつかある。おさらいしよう。

・写真による認識

・マキエの見える世界の検証

 写メを送ったらそれを認識できた。

 猫の写真を送ったら「かわいい」まで言ってきたくらいだ。

 で、携帯電話に取り憑いている状態では、どうやら周りは煙に見えてるらしい。

 個人の識別は可能だが、顔までは見れないとか。

 要は魂の状態で見えてるって事なんだろう。これは想像だけどね。



・実体化は可能か

 要は意図的に出現させられるか、という事だ。

 心霊写真という形でなら、出す事は容易だが、実体化までは無理だった。

 怖かったが、部屋を暗くして試してみた。ぼんやりとした影が出るだけでハッキリ表情を出すまでに至らなかった。現象としては十分すぎるんだけどね。

 さすがに心臓麻痺で死ぬかと思った。



・マキエの行動範囲を調べる

 範囲としてどこまで影響を出せるか。

 マキエが携帯電話に取り憑いているのはご存知の通り。

 ではその携帯を中心としてどこまで霊的な力で影響を与えられるか。

 机に本を立てて倒させてみた。

 結果、六畳の1DKじゃ狭いって事がわかったくらいだ。

 しかしマキエにも苦手なものがあった。電子レンジから発せられるあの電磁波は、どうやら幽霊には苦痛らしく、近づきたくないとか。

  科学の力がオカルトを打ち破った瞬間を目の当たりにしたときは感動したね。今度マキエがおイタしたら携帯電話を動いたレンジの隣に置いてやろう。



・通話は可能か

 幽霊と会話が出来たら、素敵だよね!

 そんな夢が叶うかどうかの分岐点。

 マキエに電話をかけさせてみた。俺からかける方法が見当たらないからだ。

以降、その当時の様子だ。

 メールで通話を催促してしばらく待つと、携帯が震えた。

 メールと同じく名前の欄は空白だ。

 うわぁ〜、マジかよ。半分冗談だったんだぜ。

 自分で催促しておきながらビビってしまった。応答するまでに若干の時間を要してしまったが、電話に出た。

 スピーカーの奥からはザザーやガピーなどのノイズがうるさい。

 その中で、微かに聞こえる女の声。

『……シ、ト……キコ……マ……』

  上手く表現は出来ないが、言うなれば「濡れた声」というのがしっくりくる。

 泣きそうで、恨みを込めてそうで、実に恐ろしい。耳にすれば誰もがゾッとするであろう……

 俺は二、三相槌を打って切ってしまった。

 さすがにノイズの相乗効果もあってか、アレは怖い。もう生きた心地がしない。



・他の端末にメールを出させる事はできるか

 パソコンや、他の携帯に送信できるかどうかである。

 パソコンのメールアドレスをマキエに送って、やらせてみた。

 結論を言おう。無理だった。

 マキエは携帯電話に取り憑いているというだけで機能の一部になったわけではない。

 では他の携帯に取り憑かせることは可能なのか。江城ので試してみたが、何の変化もなし。

 一度宿と決めた場所に幽霊は住み着く習性でもあるのだろうか。

 ともあれ、手っ取り早い解決策である江城憑依計画は失敗に終わった。



 ちなみに携帯に塩を盛ってみたが、一切効果は無かった。

 あんなのは生きる人間が気休めの為に行っているただの「文化」でしかないようだ。

 マキエは今もバッチリ健在中だ。



 そうそう、ここで皆さんに残念なお知らせが一つ。

 ここ一ヶ月マキエとメールのやり取りを繰り返しまくったおかげか、マキエからのメールに変化が出てしまった。


from
件名
しのもと きょうも ばいと


 来る文面が普通になってしまったのだ。

 本人曰く『なれた』らしいが、幽霊らしさが消えてしまって非常に残念である。このメールを見せても、誰も幽霊から来たとは思わないだろう。主張しても笑われるだけだ。実に悔しい。



 さて、マキエに関してわかったことと言えばこんなモンかな。

 幽霊と接するのは聞いたことがない為に他の事例は知り得ないが、こんな感じなのかね?

 ここまでコンタクトを取れる幽霊も珍しいよなぁ。オカルト動画でも一瞬映るかどうかの現象だし、その後の投稿者もどうなったかフォローもないし。

 案外俺みたくよろしくやってる人がいたりしてな。

 ……というのは都合が良すぎるな。俺みたいな例がレアケースなんだろう。

 俺みたいのばかりだったらオカルトとか怖がられずにファンシーブログのオイシイネタになってたりするはずだ。

 実際、今のところマキエが携帯に憑依して俺自身に危害はない。

 そりゃぁ、部屋は散らかったままだし、片づければメチャメチャにされるよ。だけどそんくらいだ。

 どこか具合が悪くなったり、身内に不幸がやってきたりとかの現象はない。

 あぁ、でもちょっと変な夢を見るようになったんだよな……

 うろ覚えなんだけど、知らない場所で男が戦ってるんだ。

 戦ってるっていうより、防戦一方? とにかくピンチ。

 こっちは体力消耗してるんだけど相手がピンピンしてるとかそんなもん。

 内容もそれしか覚えてないんだけど、たまに似たような夢を見る。

 俺にとってコレがどう意味するのかはわからないけど、不気味な事と言えばそれくらいなのかな。

 あとはもう普通の女の子とメールをやりとりするかのように交換している。

 文面さえ普通になっちゃえば、もう相手は幽霊なんかじゃなく、マキエっていうごくごく何処にでもいそうな女の子だ。

 そんな感じに脳内変換していけば、このメール交換も楽しいもんだ。

 いや、むしろ最近の不遇っぷりを考えたら今の方が滅茶苦茶楽しい。

 ……そう言えば最近オカルト研に顔を出してないなぁ。

 定本さんからは完全に目の敵にされてるし、俺の嫁こと大谷さんともあの件があってから微妙に顔を合わせづらい。

 なんとかバイトだけは行ってるけど……あぁ、楠原さんともあまり顔を合わせてないなぁ。

 まぁ、始終ずっと携帯を気にしているからなんだけどさ。

 段々大学生ライフに華やかさが消えていった気がしてきた。

 元々華やかさなんて持ち合わせちゃいないが、味気ないと言えばその通りだ。

 合コンやサークル活動で充実した最後の学生生活を満喫しようと思ったんだけどなぁ……一体どこで躓いたのやら。

 ここ一ヶ月はそりゃ奇妙な体験で怖い反面楽しかったけど、過ごしたかった大学生活とは程遠いって事に気付いた。

 ……明日は、オカルト研に顔を出してみるか。幸い、バイトもない。



 三週間近くご無沙汰していたオカルト研の部室。

 そんな時間も空いてないのに、懐かしい気持ちになり、同時に場違いじゃないかと思い込んでしまう。

 たった三週間休んだだけだ。バイトならまだしも、部活をサボっただけでは、そこまで責めたてられはしないだろう。

 誰もいない空間が、今はむしろ助かる気がした。

 何もせずにボーッとする。心霊動画をチェックするのにパソコンを立ち上げようと思うのも気が引ける。

 大谷さんとの事件……主に定本さんからの鉄拳制裁から、俺の心はこの空間に居つく事を拒否し始めたみたいだ。

 帰郷したなどの壮大な気分にもなれず、時間が過ぎるたびに居た堪れなさだけが積もっていく。

 まるでもう、誰も俺の事を歓迎してないかのような閑散ぶりだ。

 戻ってきた部員に何て言われるかがむしろ怖くなってきた。

 俺はオカルト研の人間じゃぁないんだ。

 ……今日は帰ろう。机に置かれたリュックを掴んで立ち上がろうとしたとき、後ろから勢いよく抱き掴まれた。

「わぁっ!」

「お〜っ! 篠本じゃん! お前ここに来ないで今まで何やってたんだよ〜!」

 柔らかな果実が側頭部を両側から優しく圧迫し、後ろから細い腕が首を締め付ける。

 天国と地獄を掛け合わせたその技を仕掛けるのは記憶の中ではただ一人。

「い、今岡先輩……ご無沙汰です」

「篠本ぉ〜、セクハラ大臣が汚名を恐れて隠居生活か? お姉さんは寂しかったぞ」

 両側からの天国を振り切り、俺は締められた地獄を開放すべく今岡先輩の腕を強制的に解く。

「あ〜っ、何だよ。お姉さんが精一杯の気持ちで歓迎してあげてるのに」

「気持ちは嬉しいですけど、それで死んだら元も子もないっす」

 この人は今岡秋穂さん。

 もちろんオカルト研のメンバーで、俺より一つ年上の三年生。

 ムチムチなナイスバディを誇る可愛らしいぽっちゃりメガネさんで、その身体の柔らかさと言ったらマシュマロが嫉妬してしまう程だ。

 スキンシップが大好きらしく、女子から敬遠されがちな俺に対しても遠慮なくしがみ付いてくる。

 一時期勘違いして天使認定しそうになったが、れっきとした彼氏持ちという事が発覚し、諦めるに至った。

 俺自身としても変な期待を持たない為にも、そして彼氏に誤解を招かせない為にも甘い誘惑から逃れるのに必死だ。

 チクショウ、なんで俺は女運がとことん無いのだ。この小さな幸せが独占できないのが非常に辛い。

「先輩一人ですか?」

「ん〜ん、みんなも一緒だよ」

 今岡先輩の言葉に続いて、部員達がぞろぞろと入ってくる。

「あっ! 篠本!」

 邪険な眼差しで叫ぶは定本さん。もう完全に俺のことを嫌っている表情だ。

 続いて江城や佐々木部長も入ってきた。

「おっ、篠本。久しぶりだな、どうしてたんだよ」

「篠本ぉ! 休むときは連絡くらいいれとけ! 心配したぞ!」

 意外にも、部員は歓迎ムードを出してくれている気がした。

 あんな事件を起こしても、みんな迎えてくれるその気持ちに、目が潤いそうになる。

「なんだ、あんた辞めたんじゃなかったの?」

 定本さんから近づいての一言……うん、ただの気のせいだったみたいだ。

 みんな変わらないと言えば……変わらないな。

 ただ、一人だけ見えてないのが気になった。

 大谷さん……抱きついて嫁宣言してしまってから実のところ会ってない。

 事件後数回はオカルト研に寄ったけど、結局部室に入る事はなかったしな。

 少しだけ、顔を合わせづらい……かな。どんな顔で話しかけたらいいのかわからない。

「篠本、今新しく心霊ツアーを詰めててな、今度は泊まりがけで行こうと思っておるのだ」

「泊まりがけっすか……これはまた壮大ですね」

 心霊体験の後にお泊まりかよ。まぁ、マキエみたいな事にはならんだろうけど。

 部長の説明が続く。

「で、団体割引が効くのが6人からでな。今そのことで少しばかり難航しておるのだ」

「え、でも部員って俺除いても7人はいるんじゃ……」

 江城が状況を補足する。

「新野さんは日程が合わなくて、熊長はビビって拒否」

 新野さんとは俺たちと同じ二年生で、バイトが忙しくあまり来られない人。熊長君は一年生でビビリ屋なのだ。

 なるほど、人数が足りないというのもよくわかる。

「で、今決まっているのはこの四人?」

 佐々木部長、江城、定本さん、そして今岡先輩。

「まぁね。民宿だから割引が効くと結構助かるのよね」

 もうそこまで決まっているのか……一ヶ月ほど顔を出さないうちに、俺は随分遠くに取り残されてしまっていた。

「え、でもあと二人必要じゃ……」

「それがね……」

 今岡先輩が大きくため息をついて入り口に向かって歩く。

「お前は罪作りな男だよ」

 江城は俺の肩に手を置いて茶化す。

 一体、なんなんだよ?

 しかも罪作りって、嫌な予感しかしない。

 今岡先輩がドアの外から女の子を引っ張り出してきた。

 不平を声にして抵抗しているのがわかる。

 なんとも運命の対峙……俺の心拍数は激増だ。

 女の子は恥ずかしそうな表情を浮かべて俺の前まで連れてこられた。

 俺の嫁……大谷さん。

 あの件からか、まともに顔を見るのが恥ずかしい。周りを見ると定本さんだけが睨みを利かせている。

「ホーラ、春香ちゃん。言ってやりな!」

 今岡先輩が彼女の肩をポンと叩いて気合いを注入する。

 大谷さんはもごもごと口を動かすだけで何も言葉を発しない。

 ねぇ、なにこれ……一体なんなの?

 俺もみんなに囲まれての展開に照れが勝って不意に俯いてしまう。

「……し、篠本先輩。い、行きます?」

 え、な、なにがですか? どこへ行くんですか?

 俺の思考は正常に働いていない。

「あ〜、もうまどろっこしいなぁ。なんだったらあたしが言っちゃうよ」

 今岡先輩の発言で大谷さんが困惑を表にして慌てる。

 小さな「ちょっとまってください」という制止の声も意味を成さない。

「春香ちゃんね、篠本と一緒じゃないと絶対に行かない! って言い張ってんのよ」

「せ、せんぱぁ〜い……」

 大谷さんが顔を真っ赤にして伏せる。

 えっとこれは……夢なの?

 真偽は、大谷さんの反応を見れば明らかだった。

 俺、初めてリア充になったかもしれません。
←前章 top 次章→