九、壁越しの再会 |
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【○】 |
なんたることか! これは最早超展開と表現するしかあるまい! 幸運の女神はついに俺に微笑みを向けてくれたのか……今でもこの状況に疑心を抱かざるを得ない。 しかし頬をつねれば痛みを感じ、そして熱く苦い紅茶をかっこめば相応の反応をもって証明してくれる。 熱い! 苦い! 結果吹く! 真っ正面に座る女性は驚いて、心配すると同時に眼差しを鋭く向けてくる。 くっ、少しばかり調子に乗ってしまったようだ。軽い火傷で舌も痛いし。 「大丈夫?」 女性は店員さんから濡れ布巾を借りて俺の服を軽く拭く。 「あ、すいません……」 雰囲気的にここは高級寄りの喫茶店。 マクツォナルツォみたいな盛り上がりが許される場所ではない。 というか、俺がこんな店に入って良いものかと……どう見ても場違いだろう。 しかし向こうからのお誘いなのだ。ここはありがたく場の雰囲気に合わせられるよう努力しよう。 テーブルも拭き終わって再び紅茶を啜る女性。 上手く表現は出来ないが、優雅な姿がすごく様になっているし、似合っていた。 やっぱり楠原さんは俺とは次元の違う人なんだなぁと痛感させられる。 なんでまた俺をこんな高級感溢れる喫茶店に誘ってくれたんだろう? すごく嬉しいんだけどさ。 ……おい、マキエ。今はダメだ。ここで携帯を取り出して返事するなんて楠原さんに対して失礼にあたるだろう。 しかもこのリズムはメールじゃなくて通話着信じゃないか。 あとで返事出すから。 俺は適当にボタンを押して携帯を黙らせる。 ……が、会話がないままお互い紅茶を飲んでいる。 店員さんが気を利かせてくれてお代わりを注いでくれた。 サーセン。 |
【○】 |
うるせー! わざわざため息なんか出さなくったって分かってらーい! 俺が楠原さんとは釣り合わねぇことくらい理解しとるわ! そ、それに俺には大谷さんという嫁が……嫁が! ってこれ浮気になるのかな。 |
【☆】 |
店主さんは手を振って厨房に戻る。 「ごめんね、私が男の人を連れてくるの初めてだから、店主さんもびっくりしちゃったみたいで」 「いえ、大丈夫っす……」 あぁ、なんだかまた落ち込みはじめちゃった……周囲に青筋が見えそうだし。なんか話題を探さないと。 男の人って、みんなこんな感じで面倒なのかなぁ。 とにかくこの雰囲気を取り払わないと。 「え、えぇと……篠本君、確かあれ好きだったよね。『館の住人達』」 もうやぶれかぶれだ。パッと思いついたキーワードで話を持ち出そう。 「え、はい。そういえば楠原さんも読んでましたっけ」 「うん……」 …………止まってしまった。 アレの何を話題にしたら良いかわからない。 キャラ? 世界感? ストーリー? せっかく共通っぽい何かを引き出したのに、活かせてない〜。 「どこまで読みました?」 篠本君が振ってくれた。 「最新刊まで全部読んだわ。今回で十人目だっけ? 仲間、どんだけ増えるんだろうね」 「ネットの掲示板じゃあと二人くらいって言われてますね。犬が一人ってカウントされるかはわからないっすけど」 「アライグマと熊も仲間なんだから普通にカウントじゃないかしら?」 以降、その小説の話題でお互い語る事ができた。共通の話題って大切だな。 「……でも意外でしたよ。楠原さんがコレに興味持ってるって」 「あら、不思議? こう見えてもアニメはたまに見るし、ゲームだってそれなりに持ってるわよ」 よく言われる。育ちや学歴からそういうのに疎い、もしくは嫌悪すらしているんじゃないかと。 お嬢様だって、俗物は大好きよ。 「『館の住人達』に関しては妹が大好きだったっていうのはあるけどね」 つい、無意識にポロッと出てしまった。 「あぁ、妹さんですか」 マズいと思ったのはその瞬間だった。 「妹さんは高校生っすか?」 やはり訊かれた……こういうときは適当に誤魔化している。嘘ついているようで気持ちよくないけど。 「あ、うん……今、大学一年生、かな。ちょっと遠くに出てるの」 嘘は苦手だ。私の口も、紡ぐ言葉に自信が持てずに滑りが悪い。 「あぁー、留学ですかぁ」 むしろ私がハッとした。 「う、うん……そう」 「一人で頑張ってるんスねぇ。すげぇなぁ……」 留学、か…… そう思えば牧江が居ないという現実でも希望が湧いてくる。行方不明という言葉よりずっとポジティブだ。 「そうだね……帰る目処がまだ立ってないけど」 私が諭す役割として連れてきたのに、励まされてしまった気がする。 喫茶店を出て、篠本君が私を家まで送ってくれると申し出てくれた。 もう遅いからいい、と断ったけど、 「遅いからこそ、危険じゃないですか」 そう言いくるめられた。 私が歩きで彼が自転車。並んで歩くのは初めてだ。 適当な雑談を交わしながら人の群れの中を流れるように歩く。 ふと、視線の先に怪しい影を捉えた。 黒いストールを頭から被った女性……だろうか。 肌は青白く、生気を感じさせない唇が隙間の中から覗いた。 ゾッとした。同時に記憶の中で同じ光景がチラつく。 私は、この光景を知っている。 目が離せなくなり、やがて彼女と目が合った。 お互い知り合いでもないはずだけど、放っておけずに手を伸ばそうとしたら、スーツ姿の男性に連れて行かれてしまった。 篠本君が隣にいたこともあって流れに留まることが出来ず、彼女と距離が開いてしまう。 彼女の方も何かを感じたのか、何度もこっちに振り向いた。 訴えかける眼差しが、あの時と似ていた。 また、あの姿を失ってしまった。 |
【△】 |
クラスの奴らからのお誘いで参加した合コンの帰り道、人通りの多い中で珍しい姿を発見した。 篠本だ。しかも隣に女の人と歩いてるじゃないか。 大谷ちゃんと付き合い始めたばかり(多分)だろうに、早速浮気か。 ……そんなつもりは無いんだろうとは思うけど。 声をかけて脅かしてやろうかと考えたが、女性の方を見て止めた。 ……牧江のお姉さんだ。 篠本とはどういう関係か……いやきっとバイト仲間とかだろうな。篠本の事だ、深読みは必要ないだろう。 お姉さんに顔を合わせ辛い事もあり、俺はそのまま二人をスルーして帰路についた。 |
【■■】 |
最後の余興だ。 人通りの多い場所に女を晒し、関係者に感付かせる。 関係者も血眼で捜しているはずだ。見かければ必ず接触を試みるだろう。 そこで誰も来なければそれまでだ。この女を大切に思う人間は全て忘れ去ったことになる。 惨めだ……これ程惨めな事はない。 そうすれば、女は実験に協力的な態度を示すだろう。 引っ掛かれば、さらに新しい楽しみが待っている。 女は投薬の結果で声を出す事が困難だ。喋れたとしても言葉を紡ぐのもまた困難だ。 こちらに運ばれた当初とは明らかに差がある。肌は白み、血色は悪い。 一瞬では特定は不可能だろう。 あと五十分。これで何の結果も出なければこの女は惨めな最期を迎えるだろう。 その惨めな姿を拝むのも面白い。 ……だから辞められないのだ。 女は逃げようともせず、必死になって周囲に気を張っている。 逃げようとも無駄だ。GPS発信機を打ち込んであるので居場所は特定可能だ。 それに、過去の事例を説明したのだ。無用意に逃げ回る真似はしないだろう。 細すぎる希望にすがりつく人間を見るのは実に面白い。 ……ほぉ、知人でも見つけられたのかな? 一点を注視して動かなくなった。 相手はあそこの女か。気になって仕方ないようだが足を止める気配はない。 そのまま通り過ぎるだろうと予想したその時、全身を駆け巡るほどの寒気を感じた。 文字通り、ぞわり……とだ。 この私が本能的に恐怖を感じる存在が近くにいる……実に信じ難いがこの直感は疑ってはならない。 誰だ……どこにいる? 一体どこのどいつだ! 私の「眼」を持ってしてもその恐怖の根源を捉える事が出来ない。 ……ここに居るのは非常に危険だ。 私をここまで焦らせるという事は、その相手も「眼」を持っているはずだ。 慎重に動かなければ……私は周囲を気にしつつ、佇む女を引き連れて人通りから離れる。 私がここまで恐れることもそうだったが、まさかあの「眼」を持つ者が居ることが驚きだ。 もしや「彼」が近くにいるとでもいうのか。 いや、覚醒の前段階かもしれないが、危険という事実は変わらない。 ……震えが収まった。 怖気の圏外に出れたようだ。思わぬ妨害のせいで十分程しか楽しめなかった。 明日また場所を変えて出よう。 |
【○】 | |||
楠原さんを家の近くまで送って、一人自転車を夜道の中滑らせる。 別に楠原さんとは何も無かったし、ただ家に送っただけなら浮気にはならないよな。 いや、二人だけで密会というだけで怒る女性もいるからな。 特に俺の嫁である大谷さんはそんな感じだしなぁ。 言い訳を考えておかなければダメか? 嫉妬してくれるというのならそれはそれで……いやいや、やっぱ怒らせちゃだめだ。 しかし怒った顔も見てみたい……いやいや。 ……そういえば帰っている間もマキエがうるさかったなぁ。 電話を確認してみると全部通話不在着信だった。 メールじゃないのか……まだあのおどろおどろしい雰囲気に慣れないので要件は全てメールで済ませる。
シンプルに、そう送った。
いた、って…… 江城があそこにいたのか? そんな事を考えながら返信文を入力していると立て続けにメールが着た。
想像を超えた答えだった。 爆発事故のあった廃病院、という過去から俺はてっきり巻き込まれて死んだか、事故前の病死だと思い込んでいた。 しかしマキエはハッキリと「ころした」と言っている。何度文面を見直しても変化はやってこない。 江城は病院に綺麗な場所があったと言っていた。 それによく考えたらマキエは江城の事を先輩と呼ぶ知り合いだ。 いつ頃亡くなったかは定かじゃないが、おそらくそう遠くないだろう。 爆発事故をタイミングと考えるのは少々安直だった。 そして、他殺だったという告白。 ……と、すると…… 不意に、佐々木部長の言葉が蘇る。 『ヤバイ事でも行われてたりしなければいいが』 ヤバすぎる……んじゃないか? しかも楠原さんと一緒だった時からの警告。 監視されているのかもしれない……江城に話すべきだろうか。いや、それよりも嫁の方が心配だ。 とにかく今は身の安全確保が一番である。 嫁である大谷さんに安否のメールを投げ、俺は周りを気にしつつ、自転車を走らせる。 アパートまでさすがに遠く感じた。 |
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