十一、第二回心霊ツアー

【○】
 目の前の男が問う。単純で、卑劣な質問だ。

「目の前に二つの檻がある。一つは君の大切な女性、もう一つは君とは無関係の人間百人。巨大なミキサーがあり、助けられるのはどちらか片方だけ、もう片方はミキサーにかけられ死亡する。君はどうする?」

 ふざけた質問だ。

 無関係な人間ならば迷う必要などない!

「……なるほど、君は百人を見捨てて自分達だけ助かりたいということか。即答するあたり、いい眼をしている」

 男は満足そうに頷く。

「だがあと一歩だったな。その答えでは『狂者の眼』を持つ者としては不十分だ」

 何なんだよ! 畜生!

 一体奴はどんな答えを求めてるんだ!

「この問いには、明確な答えが存在する。教えてあげよう、それは……」

『ミッチーだよ! おはよう! 今日も……』



「……爽やかな朝だね! おいおい、寝坊はダ……」

 新しく買った目覚ましアラームの甲高い声のやかましさに叩き起こされ、俺の意識は覚醒した。

 苛立って思いっきりボタンを叩いてしまった。

 毎晩のように見る悪夢から逃れられるよう、うるさいのを選んだつもりだったが、効果がてきめんすぎたみたいだ。

 続きが気になって仕方がない。

 何だよ、教えろよ……気になるじゃないか。まさか本当にミッチーじゃないだろうな……



 連休、というものは実に素晴らしい。

 祝日を月曜日にずらしてわざわざ三連休を設定してくれる「ハッピーマンデー」様さまだ。

 土曜に講義やバイトを入れてる人がいる為、その時間に合わせて心霊ツアーの出発は土曜深夜から。

 撮影道具類と着替えを入れたカバンを抱え、バイト先を出て縦浜に向かう。

 心は前から浮ついていて、ツアーの日が待ち遠しかった。

 理由は単純明快。俺の嫁こと、大谷さんと初めての旅行になるからだ。

 しかも出先は樹海ほどじゃないけど、生い茂る森林地帯。その先には廃学校がある。

 県外なので早めに行動しようということとなった。

 女の子三人が二日も家を開ける事に倫理的な問題は無いのかはさて置いて、ともかくツアーだ。

 心霊ツアーの企画ということで、携帯に憑依中のマキエも胸を躍らせてるらしい。

 それが江城と一緒にいられる事によるものなのか、それとも古巣(?)に似た世界に戻れるからなのか、内心は探り当てられないが、幽霊も喜ぶ企画は実に素晴らしい。

 自転車を駐輪場に停めてしばらく歩き、集合場所のコインパーキングに到着する。二十三時を越えたくらいだ。

 ほとんどの人が集まっていた。

「おー、篠本! 意外と早かったな!」

 江城が歓迎して手を振ってくれる。

 やっぱり迎えてくれるのは嬉しいもんだ。

「いやぁ、でも遅くなっちゃったよ。すまないな」

 バイトがある身とは言え、遅くなってしまったことは素直に申し訳ない。

 荷物を部長の車のトランクに入れる。六人という小団体とあってか、トランクが棚状になってより多く収納できるように工夫されている。

「はい、篠本。お疲れ様」

 定本さんから缶コーヒーを受け取る。

 うぉおい。なんだなんだ、滅多にない出来事に俺、戸惑ってるよ。

「あと到着してないのは?」

 ありがたく頂戴し、早速プルタブを立てる。

「あとは今岡女史だけだ」

 コンビニ袋を引っ提げて部長が戻ってきた。

 あ、じゃぁ俺の嫁こと大谷さんは来ているのか。

 江城がニヤけながら車のドアをそっと開ける。

 座席に毛布で包まって眠っている大谷さんがそこにいた。

「六時にはもう来てたって。篠本を待たせない為に急いだらしい……」

 うおおおおたにさぁあぁん!

 あまりにも健気な嫁を見て俺の涙腺は崩壊寸前だ。

 くそっ! この俺の幸せ者めっ!

「俺、ちょっとコンビニ行ってきます」

 これで手ぶらじゃかっこ悪いな。すぐ戻ろう。



 八人乗りの三列仕様、後ろニ列は補助席付きで対処。

 運転席に佐々木部長、助手席に江城。中列に俺と大谷さん、後列は定本さんと今岡先輩。

 俺が嫁に変なことをしない為の監視という意味で中列席らしい。

 ちなみに俺の嫁は一度目を覚ましたが再び眠っている。同じく、バイトでお疲れの今岡先輩も眠っている。

 この車の運転手は佐々木部長と今岡先輩と、俺。

 なんだ、悪いか。高校を卒業するまでに取りに行ったんだよ。

 一応運転はできるんだよ……多分出番はないだろうけど。

 部長の意向で、出発風景から撮影を開始した。

 恐らく彼にとって最初で最後のオカルト研での心霊ツアーだ。記録に残したいんだろうなぁ。

 しかし道中、俺も眠気に負けて夢の中に飛び込んでしまった。

 また例の夢だった。起きたとき、各方面から心配の声が上がった。
【△】
 目的地の民宿に到着したのは早朝だった。

 思ったより早く到着してしまった。

 佐々木さんの会社の保養所で、民宿というよりプチ旅館みたいな感じだ。

 朝早かったが、民宿の旦那さんは笑顔で歓迎してくれた。

 取った部屋離れた形で二つ。当然男女で分かれる。

 篠本は残念がっていたが無理なものは無理だ。何故か定本も不満そうだったな。

 荷物を置いて、男部屋を拠点とする。

 各人装備の確認作業を行う。

 バッテリーとメモリの数が大量にあった。丁寧にも、それぞれに円ラベルが貼られ、番号が記されている。

 確かにこれだけあれば撮り漏らしはないし、管理も楽だ。

 これらも全部篠本案だとか。やるな。

 各人が持つべきは懐中電灯とトランシーバー。念のため電池パックも用意。

 携帯は……圏外だな。やはり山奥となると電波が届かないんだなぁ。

 篠本の方に目をやると、携帯をいじっている姿がある。キャリアの違いだろうか、篠本のは電波が届くのか。

 男部屋にみんな集合し、ツアーの確認を行う。

 人数がいるとは言え、危険な行動であることは変わらない。

 ましてや心霊現象が対象だ。不可思議な事が起きて全員行方不明などの事態に遭遇しないとも言えない。

 綿密な打ち合わせは、とても重要なのだ。

 出発は、昼食後だ。



 生い茂る森林の中、カメラを手にして歩くみんなを映す。

 気分はピクニックで、情景もそれとは変わらない。

「篠本、何か見えるか?」

 トランシーバーを手に話しかける。

 先陣を切る篠本がまるで登山でもするかのような格好で大手を振る。

『今のところは異常なし!』

「そうそう簡単には出ないでしょー」

 隣でキャリアカートを引いている定本が苦笑する。

「我らの本番はむしろ学校に入ってからだ。それまではただの山道だな」

 後ろから地図を広げて正確に軌跡を記録する佐々木さん。ちゃっかり例の聖石を携帯している。

 ここで迷子になってしまったら最期、俺たちはこの小さな樹海を抜け出せなくなってしまうのだ。

「これから行く廃学校って戦時中に消えたところだっけ」

「……空襲で孤立化」

 荷物を抱えた今岡さんが言い、杓子を手にカートの中にある粉を地面に撒く大谷ちゃんが補足する。

 今回の目的地はまさにそこだ。

 シチュエーションで言えば今回もヤバめである。前回が何も起こらなかったから期待のし過ぎに注意だが。

 役割分担はこうだ。

 俺、カメラ撮影

 篠本、先行調査

 佐々木さん、マッピング

 女性陣は粉カート引き、粉撒き、バッテリー等の荷物持ちを交代で行っている。

 ちなみに粉撒き、これも篠本のアイデアだ。

 ヘンゼルとグレーテルの童話はご存知だろう。あれと同じようなことをしているのだ。つまりは軌跡のマーキングだ。

 風もない森林地帯で、粉を点に撒くことではぐれたとしてもそれを辿れば出口へ行けるという算段だ。

 粉は小麦粉を使うことで環境にも優しいという配慮だ。

『お地蔵さん発見』

 トランシーバーから、篠本の報告が聞こえてくる。

「地蔵……だな、と」

 地図とは別にメモ書きをする佐々木さん。わずかでもランドマークチェックは欠かせてはならない。

 粉と同じように、命綱代わりなのだ。

『……見えた! 廃校舎があったぞ!』

 興奮する篠本の声だ。程なくして、俺たちの前に古い木造の大きな建物が立ちはだかった。

 歩いてだいたい三十分くらいか。かなり深く入り込んだとは思う。


 広いブルーシートを敷き、釘で四隅を固定する。

 シートを囲むように大谷ちゃんの黒魔術で結界を張り、気休め程度であろうが、安全地帯を確保する。

 中央にカメラの三脚を立てて上にランタン型の電灯を乗せる。ガムテープで倒れないように固定する。

 各自荷物を置き、六人で円陣を組む。

「みんな、準備はいいかい?」

 一斉に頷く。

 ここでリーダーシップを発揮するのは篠本。みんなの安全を配慮し、過剰すぎる用意で細い命綱を強固にしてきた。

「これから先は正直にヤバい場所だ。心霊現象っていう不確かなものを相手に俺達は挑む。確実に危険というわけでもないが、安全も保障できない」

 前回とは打って変わってツアーの安全に全力を注いだと言っても良い。

 何が篠本をそうさせたのか不明だが、俺はその一心に安心感すら覚えた。

 しかし同時に思う、篠本は何かが起こる前提で準備したのではないかと。

 あまりにも周到すぎる用意に、佐々木さんも内心疑っているだろう。

 ただ廃校舎に潜り込むだけにしては、確かに厳重すぎるから。

 ついに二度目の心霊ツアーが始まる。

 これから入り込む木造の建物を見る。

 物々しい雰囲気に、俺は息を呑んだ。
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