十二、ザ・廃校舎ハプニング |
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まさか本当に霊体験をするとは思ってもいなかった。 民宿に戻り、ようやくみんな身体を落ち着かせることができた。 おかしくなるくらい塩を掛け合い、身に纏う幽霊達を追い払う。 まだ夕方にもなってないというのに、全身疲労でもう動けない。 「いやははは、参ったな……面白いほど幽霊に遭遇したものだ」 客室に備え付けの給湯セットでお茶を淹れる佐々木さん。参った、とくたびれながらも表情はこれ以上ない程満足そうだ。 「……江城、すごいぞ。映りまくりだ」 ビデオチェックしている篠本が驚きの声を上げる。横から覗かせてもらったが、なんという数だろう。 ホラー映画真っ青の幽霊達に、俺の背筋が凍る。 俺達は、無事に帰れるのだろうか……次によぎった不安はそれだった。 「ともあれ、二人ともご苦労だった。温泉ではないが、大浴場がある。食事の前にそこで疲れでも癒すとしよう」 佐々木さんの一声で、俺達は風呂へ行く準備をする。 部屋を出る前に、篠本が充電ケーブルを携帯電話に挿す。 俺も電話をチェックする。圏外であるため、メールや着信は一切ない。電池の減りはヤバイけど。 俺はさりげなく聞いてみることにした。 「……なぁ篠本、そっちって電波入るの?」 「いや、確か江城と同じキャリアだから……電波状況はそっちと同じはずだよ」 そっか、入らないのか。 「あれ、そうだったっけ」 「あぁ……俺の使ってるやつは、お前さんの後継機種だよ。かなり古いの使ってるよな、江城は」 携帯が古い、と言われるのはしょっちゅうだ。そして、次に来るセリフは決まっている。 「新しいのに変えようって気は?」 言われ初めの頃はキレる程の怒りが湧いた。 いつしか自分自身がイレギュラーだって気づかされ、対応が変わった。 「……今使ってるので充分さ」 何より一番大切なのは、四年前に貰った牧江からのメールと、一緒に写った思い出だ。 俺達三人並んで浴場へと向かう。 女性陣が気になったが、ひとまず風呂で汗を流すか。ついでに幽霊も払ってしまえ。 大浴場は、洗い場に広い風呂釜があるだけの至ってシンプルな形式で、ゆっくり浸かろうとかそんな気分にさせてはくれない。 あくまでも、身体を洗う為だけのスペースだ。 「いかにも……って感じだなぁ」 「安上がりの民宿だ。旅館っぽいってところだけでも儲け物と思っとけ」 篠本は温泉好きなのか、大浴場には不満そうだ。 俺自身は別にどうとも思ってないが、露天風呂すら期待してなかったので充分といえばその通りだ。 「……こういうときってやっぱ女子はこう、なんていうかキャーキャーするんすかねぇ」 「何が言いたいのだ、篠本よ」 訳がわからんぞ。 「ゆ、百合的な何か……」 「アニメの見過ぎだ」 一蹴されてしまった。 しかしめげずに篠本は続ける。 「俺が最近触れたのはラノベっす。しかもアライグマと犬の入浴シーンなんで色気なんてとても……」 そう言い残し、篠本は湯船の中に潜る。 だから篠本よ、お前は何を主張したいのだ。 「……混浴や覗きイベントが無いのが切ない」 出てきた海坊主は一言呟いて湯船の隅っこに移動していった。 だからお前はセクハラ大王とか言われるのだ。自覚しろよ。 二人より早く浴室を出て、備え付けの浴衣を羽織る。 大谷ちゃんの容体が気になった俺は女子部屋のドアをノックする。 「はーい。あ、江城君」 私服姿の定本が応対に来た。 「お風呂入ったんだ?」 「やっぱ民宿って感じだ。過度な期待は禁物だ。大谷ちゃんの具合はどう?」 定本に招かれ、部屋に上がりこむ。 魔方陣を描いた紙の上に塩を盛り、壁際にいくつか設置している。 きっと大谷ちゃん流の防御結界なのだろう。 当の大谷ちゃんは布団をかけ、上体を起こしておはぎをゆっくりもそもそと食べている。 「夕飯前におはぎ食べてるの?」 どこで、何時の間に買ってたんだ? 「ついさっきまで眠っててさ、起きたばっかなんだ。外から帰ってきてすぐに篠本がやってきて、おはぎ置いて行ったんだ」 定本が説明してくれる。 篠本からの差し入れだったのか……まだ幽霊と遭遇した不調から立ち直ってないのか、動きが非常にゆっくりだ。 それでも一口ずつ、確実に食べている。 「春香ちゃんの大好物なんだってさ。篠本はちゃんとわかっているんだね〜」 今岡さんが食べる姿を見て関心の声を上げる。 きっと、篠本にとって初めての恋人と言える存在だ。 篠本自身も、すごく大切に思って、気を使っているんだろうな。 「春香ちゃん、よかったね〜。篠本は良い旦那さんになるよ」 食べる手を止めて、恥ずかしそうに布団で顔を隠す。そしてゆっくりと頷いた。 大切にしたい女性……俺は牧江の事を思い出す。 あの当時の俺は……牧江にどうしてやれたのかな。もし今だったら、どうしているだろうか。 「もう『篠本さん』って呼んじゃっていい?」 さすがにその質問には首を横に振った。 部屋に戻ると、まだ誰も戻っていなかった。 案外と長風呂なんだな……あの二人。 心霊ビデオの確認をするかな……と思い、ビデオに手を伸ばしたところで異変に気付いた。 充電中の篠本の携帯電話のランプが点滅しているのだ。 『……なぁ篠本、そっちって電波入るの?』 俺のは圏外で篠本が携帯電話をいじっているのに違和感があった。 『いや、確か江城と同じキャリアだから……電波状況はそっちと同じはずだよ』 つまり、篠本の携帯も同じ圏外という事になる。 『俺の使ってるやつは、お前さんの後継機種だよ』 同じメーカー製品で電波の入りに差はあるのか、俺自身詳しくないから何とも言い難いが、大きな差はあるように思えない。 思わず、篠本の電話を手に取って確認してみる。 俺のと同じように、電波は圏外を示している。 突然電話が震えだし、俺は驚いて放り投げてしまった。 マナーモードだからか、音は出ないが収まる気配はない。 まさか、着信か……? 「な、何なんだよ、一体……」 さっきまで幽霊に遭遇していた経緯もあってか、このあり得ない状況に、俺の背筋が凍った。 |
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