十二、ザ・廃校舎ハプニング

【○】
 何も起きなきゃ良い……んなわきゃないだろ。

 何もなかったらここに来る意味がない。全くの無意味だ。

 表面では何もないことを祈ってたりするが、腹の内ではわんさか幽霊を呼び寄せようと画策しまくりだ。

 もちろん幽霊関係はマキエに依頼済みだ。

 最初『いやだ』って拒否していたけど「江城が喜ぶぞ」って送ってやったら手の平を返しおった。ふっ、ちょろいもんだ。

 目的は廃校舎に侵入して幽霊を撮りまくることだ。可能性があるなら使わない手はないだろう。

 もう既にどれほどの幽霊を捉えることができたのか、そこまではわからないがともあれ今回の心霊ツアーはそういう意味では成功が約束されていると言って良い。

 逆に言うと、幽霊と遭遇する可能性がほぼ100%である為に、安全に配慮しまくった。

 もちろん危険度で言えばメガマックス級で、通常で考えれば生還は危ういかもしれない。

 そもそも幽霊と遭遇して生きて帰れないとかの理屈が若干不明だが、安全に重きを置くことに異論はないだろう。

 地面に粉撒いて帰り道を確保して、さらには俺の嫁こと大谷さんの黒魔術で安全地帯の確保だ。

 黒魔術の効力については俺自身体験済みなので全幅の信頼を置いている。俺の嫁だし。

 それに旦那が信じなくて誰が信じるか。

 ……ん、そういえばマキエのお祓いはできてなかったな。今となってはどうでもいいことだけど。



 昼間、ガラスが割れて開放的であること、暗がりがあまりない。

 それらの要因からか、ただのがらんどうとした建物としか感じない。

 うめき声が聞こえてきたり、何か影らしきものが見えそうだったり、そんな気配は一切ない。

「ものの見事に何も起きそうにない雰囲気だなぁ」

 江城が残念そうに呟く。

 ハッキリというが、幽霊出没条件としては悪過ぎるぞ。

 だがしかし、今の俺には必勝攻略法が存在する。

「発動!」の文字を入力済みの未送信メール。

 これを送信した瞬間、マキエの手によってゴーストカーニバルが開始するのだ。

 一体どういう形で沸き立つのか予想は出来ないが、発動タイミングだけは決まっている。

 再深部に到達し、さぁこれから折り返し地点だ! という時にポチッとなである。

 引き受けてくれたマキエには感謝だ。

 先行調査で密かにメールを交換する中でこんなやりとりがあった。


to
件名 Re:

いやぁ、快く引き受けてくれて助かるよ。


from
件名
  べ  べつ にあ
 んた の ため 
  に やる んじゃ
 な いん だ
    から ね つ


 ツンデレかよ。ってかこの場合はツンデ霊になるのか。

 何俺上手いこと言ってんの。

 思い切って自画自賛しちゃったよ。

 ……それに何時の間にそんなこと覚えたんだよ。

 若干動揺してるのバレバレだよ。

 最後の「つ」が小さくなってないよ。

 俺も脳内でツッコミまくりだ。

 マキエは、こういうところが可愛いのだ。幽霊だけど。

「二階も異常無し、かなぁ」

 定本さんが残念そうに教室から出くる。

 二階建ての木造で築年数で言えば少なくとも60年は経つ建物。

 少し軋む音が聞こえるだけで、腐っている感じはない。

 よほど頑丈な造りなんだろうなぁ。空襲で非難場所とか言われるくらいだし。

 さて、そろそろマキエ先生にお願いするとしようか。

 携帯を開く俺を見て、江城が不思議そうに

「あれ、篠本電波が届くの?」

 と聞いてきた。

 心臓が出てくるのではないかという程飛び跳ねる。

「あ、あぁ……時間を確認しただけだよ。うん、もうそろそろ二時か」

 動揺を抑えつつ、俺はボタンを押して送信する。

 さてと、ゴーストカーニバルの始まりだ!

 何が起こってもアフターカーニバル(後の祭り)だがな!

 程なくして、変化は訪れた。

「……ねぇねぇ、何か聞こえない?」

 一番初めに気付いたのは今岡先輩。

 突然しんと静まる一同。全員が耳を立て、カメラを回している江城も警戒して周囲を見回す。

「今岡女史、何が聞こえた?」

 固唾を飲んで確認をする。

「微かなんだけど、泣き声……」


    うわ〜ん……


 聞こえた。小さな男の子が泣く声だ。

 状況を考えて、俺ら以外に人がいるはずがない。

ましてや、男の子なんて……

「……いやあああ!」

 定本さんが叫び声を上げて走り出す。

「あ、ちょっと待て! 一人は危険だ!」

 江城の続いて俺達も彼女を追いかける。

 嫁が体調を崩したのか、駆け出そうとして膝を崩す。

「おい、大丈夫!?」

 倒れそうになる前に、俺は身体を支えた。

 この状況、以前病院に潜った時と同じだ。

 忘れてた。霊感が強いのか、幽霊のいる場所で具合が悪くなったんだった。

 しかし今回はいきなり倒れそうになったな。

 マキエが呼び寄せた幽霊の数が多いって事なのか……?

 前にマキエから聞いたが、幽霊は命ある者に対して常に警戒しているらしい。

 彼らからすれば、椅子取りゲームみたいなモノで、いつ命を奪って復活出来るのか、そのタイミングを伺っているのだとか。

 全てではないにせよ、未練があるとその傾向が強いらしい。

 人前で幽霊を撮影しにくい理由でもある。

 ヤツらは、常に隠れている。

 そしてここは空襲で孤立化し、ほぼ全員が餓死した人々、未練がないわけがない。

 マキエが刺激した事によって命を狙う幽霊達が湧き上がったと言ってもいいだろう。

 そう考えれば、嫁の急な体調不良の訴えも理解できる。

 そして、そこまで考えが至らなかったのは、俺の失態だ。

 いや、そこをフォローできるように粉を撒いたり結界を張ったりしたのだ。

「大丈夫?」

 額が汗まみれの嫁を、俺は優しく支える。

 彼女の身体の細さを実感するのにこの上着は邪魔だなぁ、くそっ。

 冬が近くなったこの気候が恨めしい。

「篠本、荷物を持とう」

 部長が嫁の背中からリュックを取り上げる。

「すんません、助かります」

 これで少しは楽に支えられる。

「いやあああ! 何かいたああぁ!」

 遠くの教室から飛び出す定本さん。

 あぁ、なんかもう騒がしいなぁ。

「定本! 落ち着け!」

「無理! いやぁ、あっちから見てる!」

 あたふたと逃げ回る定本さん、そしてそれを追う江城と今岡先輩。

 あーあ、カメラぶんぶん振り回してるよ。お前こそ落ち着けよ、江城。

 俺は、といえばマキエの影響からか、比較的冷静だ……仕掛け人でもあるしなぁ。

 後ろから白く大きな影がゆっくりと迫ってくる。

「……うわああああ!」

 さすがに、俺も部長も焦って逃げる。

 もう嫁をマネキン持ちしてしまっている。どこを掴んでいるとか、支えてるときの安定性なんて考えてる余裕はない。

「……ろうかを〜……はしってはいかん〜……」

「無理ッス! マジ無理ッス!」

 走るに決まっておるだろうが!

 無茶言うなよ!

 校舎を出るまでに、まるで邪魔をするかのように人の影や手が沢山現れた。

 江城はそれを逐一撮影できたかどうかは定かではない。

 本当そんな余裕ねぇよ! ビビるわ!

 大慌てで駆け抜け、何とか全員無事に校舎を飛び出し、嫁の張った結界に飛び込んだ。

 今岡先輩や定本さんは何かに引っ張られる感覚も喰らったとか。

 俺はというと、何故か犬っぽい幽霊多数に囲まれてそれぞれからマーキングされた。

 もちろん濡れなかったが、なんか非常に切ない気分だ。
【△】
 まさか本当に霊体験をするとは思ってもいなかった。

 民宿に戻り、ようやくみんな身体を落ち着かせることができた。

 おかしくなるくらい塩を掛け合い、身に纏う幽霊達を追い払う。

まだ夕方にもなってないというのに、全身疲労でもう動けない。

「いやははは、参ったな……面白いほど幽霊に遭遇したものだ」

 客室に備え付けの給湯セットでお茶を淹れる佐々木さん。参った、とくたびれながらも表情はこれ以上ない程満足そうだ。

「……江城、すごいぞ。映りまくりだ」

 ビデオチェックしている篠本が驚きの声を上げる。横から覗かせてもらったが、なんという数だろう。

ホラー映画真っ青の幽霊達に、俺の背筋が凍る。

 俺達は、無事に帰れるのだろうか……次によぎった不安はそれだった。

「ともあれ、二人ともご苦労だった。温泉ではないが、大浴場がある。食事の前にそこで疲れでも癒すとしよう」

 佐々木さんの一声で、俺達は風呂へ行く準備をする。

 部屋を出る前に、篠本が充電ケーブルを携帯電話に挿す。

 俺も電話をチェックする。圏外であるため、メールや着信は一切ない。電池の減りはヤバイけど。

 俺はさりげなく聞いてみることにした。

「……なぁ篠本、そっちって電波入るの?」

「いや、確か江城と同じキャリアだから……電波状況はそっちと同じはずだよ」

 そっか、入らないのか。

「あれ、そうだったっけ」

「あぁ……俺の使ってるやつは、お前さんの後継機種だよ。かなり古いの使ってるよな、江城は」

 携帯が古い、と言われるのはしょっちゅうだ。そして、次に来るセリフは決まっている。

「新しいのに変えようって気は?」

 言われ初めの頃はキレる程の怒りが湧いた。

 いつしか自分自身がイレギュラーだって気づかされ、対応が変わった。

「……今使ってるので充分さ」

何より一番大切なのは、四年前に貰った牧江からのメールと、一緒に写った思い出だ。

 俺達三人並んで浴場へと向かう。

 女性陣が気になったが、ひとまず風呂で汗を流すか。ついでに幽霊も払ってしまえ。



 大浴場は、洗い場に広い風呂釜があるだけの至ってシンプルな形式で、ゆっくり浸かろうとかそんな気分にさせてはくれない。

 あくまでも、身体を洗う為だけのスペースだ。

「いかにも……って感じだなぁ」

「安上がりの民宿だ。旅館っぽいってところだけでも儲け物と思っとけ」

 篠本は温泉好きなのか、大浴場には不満そうだ。

 俺自身は別にどうとも思ってないが、露天風呂すら期待してなかったので充分といえばその通りだ。

「……こういうときってやっぱ女子はこう、なんていうかキャーキャーするんすかねぇ」

「何が言いたいのだ、篠本よ」

 訳がわからんぞ。

「ゆ、百合的な何か……」

「アニメの見過ぎだ」

 一蹴されてしまった。

 しかしめげずに篠本は続ける。

「俺が最近触れたのはラノベっす。しかもアライグマと犬の入浴シーンなんで色気なんてとても……」

 そう言い残し、篠本は湯船の中に潜る。

 だから篠本よ、お前は何を主張したいのだ。

「……混浴や覗きイベントが無いのが切ない」

 出てきた海坊主は一言呟いて湯船の隅っこに移動していった。

 だからお前はセクハラ大王とか言われるのだ。自覚しろよ。



 二人より早く浴室を出て、備え付けの浴衣を羽織る。

 大谷ちゃんの容体が気になった俺は女子部屋のドアをノックする。

「はーい。あ、江城君」

 私服姿の定本が応対に来た。

「お風呂入ったんだ?」

「やっぱ民宿って感じだ。過度な期待は禁物だ。大谷ちゃんの具合はどう?」

 定本に招かれ、部屋に上がりこむ。

 魔方陣を描いた紙の上に塩を盛り、壁際にいくつか設置している。

 きっと大谷ちゃん流の防御結界なのだろう。

 当の大谷ちゃんは布団をかけ、上体を起こしておはぎをゆっくりもそもそと食べている。

「夕飯前におはぎ食べてるの?」

 どこで、何時の間に買ってたんだ?

「ついさっきまで眠っててさ、起きたばっかなんだ。外から帰ってきてすぐに篠本がやってきて、おはぎ置いて行ったんだ」

 定本が説明してくれる。

 篠本からの差し入れだったのか……まだ幽霊と遭遇した不調から立ち直ってないのか、動きが非常にゆっくりだ。

 それでも一口ずつ、確実に食べている。

「春香ちゃんの大好物なんだってさ。篠本はちゃんとわかっているんだね〜」

今岡さんが食べる姿を見て関心の声を上げる。

 きっと、篠本にとって初めての恋人と言える存在だ。

 篠本自身も、すごく大切に思って、気を使っているんだろうな。

「春香ちゃん、よかったね〜。篠本は良い旦那さんになるよ」

 食べる手を止めて、恥ずかしそうに布団で顔を隠す。そしてゆっくりと頷いた。

 大切にしたい女性……俺は牧江の事を思い出す。

 あの当時の俺は……牧江にどうしてやれたのかな。もし今だったら、どうしているだろうか。

「もう『篠本さん』って呼んじゃっていい?」

 さすがにその質問には首を横に振った。



 部屋に戻ると、まだ誰も戻っていなかった。

 案外と長風呂なんだな……あの二人。

 心霊ビデオの確認をするかな……と思い、ビデオに手を伸ばしたところで異変に気付いた。

 充電中の篠本の携帯電話のランプが点滅しているのだ。

 『……なぁ篠本、そっちって電波入るの?』

 俺のは圏外で篠本が携帯電話をいじっているのに違和感があった。

『いや、確か江城と同じキャリアだから……電波状況はそっちと同じはずだよ』

 つまり、篠本の携帯も同じ圏外という事になる。

『俺の使ってるやつは、お前さんの後継機種だよ』

 同じメーカー製品で電波の入りに差はあるのか、俺自身詳しくないから何とも言い難いが、大きな差はあるように思えない。

 思わず、篠本の電話を手に取って確認してみる。

 俺のと同じように、電波は圏外を示している。

 突然電話が震えだし、俺は驚いて放り投げてしまった。

 マナーモードだからか、音は出ないが収まる気配はない。

 まさか、着信か……?

「な、何なんだよ、一体……」

 さっきまで幽霊に遭遇していた経緯もあってか、このあり得ない状況に、俺の背筋が凍った。
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