十七、楠原マキエ・中 |
---|
【☆】 |
誰かに尾けられてるかもしれない。牧江がそう言い始めたのは退院してから一週間くらいの事だった。 年頃の女の子が抱える問題とあって、両親も警戒して真剣に向き合った。 牧江には江城君っていう心強い騎士がいる。牧江の方から彼にも呼びかけてより安心感を強固にした。 そんな状況のさなか、牧江は江城君と二人きりでデートに行くと言い出した。 「牧江、今はちょっと危ないんじゃないかな?」 「大丈夫だよ、そんな遠くには行かないし、江城先輩だって一緒だもん」 尾けられている、というのはあくまで牧江が感じている事であって実際何かを見かけたという話ではない。 牧江の杞憂という可能性もある。 でも、大切な妹だからこそ、そういう不安を蔑ろにしたくはない。 江城君を信用しないわけじゃないけど、万が一という事もある。 牧江の笑顔を信じるだけで精一杯だった。 信じたくないことばかりが実現する。 私たち家族が見た、牧江の最後の笑顔だった。 |
【■■】 |
『では、向かっておりますので、あともう少しでお連れできるかと思われます……』
「あぁ、とても助かった。感謝するよ」 全ては順調に行ったようだ。 「楽屋」からの報告を受け、満足に浸る。 一ヶ月弱かかったが、楠原牧江の身柄を確保する為には資金を惜しまなかった。 さすがに雇った数は多かったが、逸材を手に入れる為には致し方ない。 いつもは「楽屋」から四、五人程雇うのだが、今回は三十人程だ。 それくらい周到に動いた。 楠原牧江の行動を調査し、把握した。 遊園地に行ったという、不測の事態だったらしいが、仕事をこなしてくれた事に拍手を送りたい。 「楽屋」の者はどこまでやってくれたかわからないが、その仕事ぶりには関心する。 彼らが言うには予想外の行動ほど確実性が増すとのことだ。 理屈はわからない、成功さえしてくれれば良いのだ。 誘拐の為だけに存在するグループとは思えんくらいだ。 アフターケアもしっかりしていると聞く、関係者にはどういう話で通るのだろうか。興味ある話だ。 『ところで、楠原牧江を捜していた少年がいました』 「剛介に当たらせたのだろう? どうだった?」 剛介は狂者の眼の持ち主だ。本能のままに戦うが、そう簡単に負けることはないだろう。 『完膚なきまでに……今気絶してますが、どういたしますか?』 そういう人材は後の「楽しみ」に繋がる。 今は無理でも「眼」が覚醒すれば楽しめる。 「放っておけ。後は頼んだ」 電話を切り、笑いが漏れる。止まらなかった。 しばらくし、気を失った楠原牧江が研究室に運びこまれた。 可愛らしい顔立ちのお嬢さんだ。これから実験に協力してもらえると思うとゾクゾクする。 |
←前章 | top | 次章→ |