十九、嵐の後の惨劇 |
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【△】 |
一通りの片付けも終わり、あとは食べ物という役者待ち状態となった。 「まぁ、こんなもので良いだろう」 こざっぱりとではあるが、プチパーティを行う上では十分だろう。 「まさか学生会から禁止喰らうとは、我も誤算だった」 その学生会の会長はテンプレート通りの堅物で、おふざけで前足幽霊を出したらものすごい形相で怒鳴り散らしてきた。 その後立てなくなるくらい膝が震えて取り巻き二人に肩を支えられてたけど。 部の解散を求めてこないだけまだマシだった。来年からはどうするか大きな課題だな。 「しかし……大学生活最後の学祭は、良い思い出として残った。幽霊をゲストとして呼べるイベントなんて普通はできまい」 満足そうに、こざっぱりした部室を見渡す。 彼にとっての四年間の居場所。最後に打ち上げた花火がデカ過ぎた。 でもその華やかさは他人には理解出来ない色合いでも、彼には一生残るほどの一発だったのだ。 「篠本には悪いな、とは思うが」 篠本が犬たちに取り憑かれたこと、そして携帯に憑依した牧江の手伝いがあって(篠本が俺だけに白状した)あの心霊ツアーが成り立ち、学祭に結びついた。 「あとはこのまま、何の影響もなく卒業出来れば……だな」 大谷ちゃんの除霊術は相当らしい、とは篠本の弁。呪われることはないらしい。 俺もこれからどうするか決めなければならない。 牧江は幽霊という形で見つかった。篠本の携帯で何度も交信して確証を得た。 結局お姉さんには何も言えず仕舞い。篠本が知りつつも俺に言えなかった気持ちがわかった。 このまま新しい生き方を考えるか、それとも…… ――『わたしは ころされた』 犯人を追うべきか。 手がかり無しでどう辿るかが問題だ。 当の牧江は薬漬けの影響で苦しすぎて覚えてないとか。 錯乱を呼ぶ程の投薬をされて、結局は死んでしまった。想像もしたくない光景だ。 殺された人の霊魂がどのようになるのかは憶測の域を出なかったが、牧江は今も囚われ苦しんでいることは確実だ。 成仏というものが実在するなら、犯人を捕まえる事は条件の一つなはずだ。 ならば、やはり当面は犯人探しだ。それから先はまたその時考えよう。 「どうした、江城。顔が怖いぞ」 「あ? あぁ……何でもない。それより、みんなまだかな……」 そう言って立ち上がると、犬の足がドアをすり抜けてやってきた。 あれ、篠本の犬じゃないか。 「おぉ? その足は……柴犬か?」 「……ということはゴン助か」 ゴン助は俺に訴えかけるように前足を突ついてくる。 それと同時に携帯が震えた。 「もしもし……」 『江城、今そっちにゴン助を送った」 息を切らせた篠本の声だ。様子からして走っているようだ。 「あぁ、たった今来たよ」 『もう? 早いな……いや、それより、よ……大谷さんが消えたんだ』 大谷ちゃんの突然の失踪、心霊ツアー前の出来事を思い出す。 『何かがあるといけない……念のため一緒に向かってくれるか? 大谷さんはドリル号に任せてある。あとはそいつを追うだけだ』 なるほど、考えたな。こういう危機は一丸となって対処するのが正しい。 「……佐々木さん」 「大谷嬢が消えた、と聞こえた」 大慌ての篠本の声は向こうにも響いたんだろう。ならば話は早い。 「行こう、ボヤッとしている暇はない!」 俺達は立ち上がり、コートを羽織る。 「ゴン助、頼む!」 犬の前足を先頭に、俺達は大谷ちゃんの捜索に向かった。 今回は、追いかけるだけだ。前ほどじゃない。 |
【○】 | ||
辿り着いた先は、路地裏だった。 先に人の気配を感じ、警戒する。 覗き込むと、三人組の男がいた。 「やべーっすよ。ついに拉致っちゃいましたよ」 「今まで俺らの誘いを断り続けたからなぁ……これくらいやらないと先に進めねぇべ」 「まぁここなら大丈夫っすよね、前みたいに邪魔入らないだろうし」 リーダー格に腰巾着二人、そういう組み合わせだろうか。 彼らに囲まれるように、俺の嫁が震えながら小さくなっている。 ビンゴだ。そして……彼女に何してやがんだ…… 何の算段もなく出ようとしたら携帯が震えた。
マキエからの警告だ。わかってる、でもジッとしていられない!
……ここでも江城か。確かにゴン助に向かわせているけど、そんなに待ってられない! 「イヤぁっ! やだぁ!」 「うひょー! やっぱ小さくてもおっぱいあるねぇ!」 「木谷さんズルいっすよ、俺も触りたいっす」 この野郎! 俺の嫁にっ……! 俺は勢いに任せて、三人組の前に出た。 「あんたら……その娘から離れろよ」 男達は大きなため息を吐いた。 「おいおいまた邪魔が入ったよ」 「なに、キミ彼氏が二人もいるの?」 彼氏が二人…? いや、今はそんな言葉に惑わされてはいけない。 「よぉ、オレ達これからお楽しみなわけ。邪魔だから消えてくんねえかな」 さすがDQN! 凄むと恐ろしい…… でも嫁を置いて逃げられるわけがない。踏ん張れ、俺! 「おい、やっちまえよ」 リーダー格の男が言うと、腰巾着二人は同時に俺に向かってきた。 二人の片方 ―仮にTとしよう― が右側からストレートを顔面にむけてくるが、間一髪で避ける。 カウンターの要領で右手を突き出し、押す。 突き飛ばしたと思ったらその先で犬の前足がさらに伸びた。 犬が手助けしてくれるのか…… 左側から来るもう片方 ―仮にSとしよう― に向かって咄嗟に叫ぶ。 「シェリー! やれ!」 レトリバーの前足がSに飛びかかった。 「わぁっ!」 「な、なんだこれ!?」 犬の幽霊たちに驚くDQNたち。 効果あるな……これで何とか切り抜けるしかない。 SとTは前足を跳ね除け、立ち上がって俺を睨む。 やっべぇ、どうしよう。 Tが再び殴ろうとしてくる。顔面に向かうのを避けたら今度は追撃で腹に来た。 これには対処できずにモロに喰らう。 腹にくぐもった苦しさと、痛みが広がる。 今度はSが俺を蹴り、俺は地面に伏せる。 俺は立ち上がり、シェリーの足を剣みたく振り回してみる。 デタラメな軌道は相手に擦りもしなかった。 再び反撃……そして追撃と、俺に立て直す隙がない。 これはもうリンチ状態だ。Tが俺を後ろで押さえてSが好き放題殴ってくる。 言いようの無い痛みと、苦しさで根を上げたくなる。 「彼氏弱くね? 前の方が強かったし、顔もいいじゃん。あ、そうか……こいつキープ君かぁ! なら納得だわ」 リーダー格が笑う。身体中至る所がボコボコにされ、力を入れたくても今は苦しみを耐えるので精一杯だ。 くそったれ……こんな時に嫁を守れないなんて……なんて俺は非力だ。 それにさっきから別の男がいるとか……何なんだよ、チクショウ…… 俺はキープなんかじゃ…… 幾度となく、顔を殴られる。もうどうなってるのか状況を把握できない。 「……ったく、手前を取らせやがって」 ゴリゴリと、地面を掻く金属の音がする。 「き、木谷さん……それはやりすぎじゃ」 「うるせえ! おい田口、笹子……間違ってもチクんじゃねぇぞ?」 何がどうなってるんだ……一体何が来るんだ…… 頭に強すぎる衝撃が来た。そこから先は、覚えてない。 |
【△】 |
ゴン助の後をついて行くと、路地裏に入った。 ビルの間にぽっかり空間が空いたような感じで、そこには信じられない光景があった。 「し、篠本!」 篠本が頭から血を大量に流している。 それ以外にも酷く暴行を受けたのか、ボロ雑巾みたいになっている。 「篠本……大丈夫なのか?」 状態を見れば一発だ。無事なわけがない。 何よりも一刻も早く…… 「救急車だ……ここはどこだ?」 慌てて救急車に連絡を入れる。近くの店を知らせることでどうにか来てもらえるようにはなった。 篠本は大谷ちゃんを追ってこんな目に遭った。 つまり、大谷ちゃんは非常に危険な状態だ。 さっきからゴン助が俺の足を突ついている。 篠本のことで頭がいっぱいだったが、ドリル号が大谷ちゃんの居場所を知っているはずだ。 「佐々木さん、篠本を頼む!」 「わかった!」 俺はゴン助に連れられ、大谷ちゃんの下へ向かう。 どうにか無事でいてくれる事を願って…… 今はテナントを募集中となっているビルの中に入る。 カギが開いていて、不良の溜まり場としてはうってつけだろう。 女の子の悲鳴を聞いて、俺は声のする方へ急ぐ。 かなり上から聞こえてくるな……三階くらい上か。 「イヤぁ! もうヤだぁ!」 「オラッ! もっと良い声で叫べよ、オラオラ!」 微かだった声が大きくなってくる。 「そろそろイくぞ! 俺の二発目、しっかり受け取れよ!」 「ヤダ……やめて、もうやめて!」 「オラッ! ママになっちゃえっ! オラァー!」 「イヤぁー!」 何が起きてるか想像もしたくない。 最悪の事態になってなければいいが…… 俺が到着した頃は、場は落ち着いていた。 男二人が女の子を押さえ込んで、彼女の背後に立つ男はズボンを正している。 事態を、一瞬で理解した。 「……てめえら!」 男達は驚きで俺の方を見る。 「やべえ! あいつだ!」 怒りに任せて殴りかかろうとしたら、男の一人が泣き顔で真っ赤になった大谷ちゃんを人質にするように後ろから抱える。 もう片方の手には、サバイバルナイフが握られ、彼女の首筋に当てられている。 こいつら……! 「おぉっと、これ以上近づかない方がいいぜ。大切な彼女を傷つけたくなきゃな」 いくら虚勢でも、この状況では従わざるを得ない。 くそっ! この卑怯者め! 「もう俺らこの娘に用はねえんだ。何があっても近寄らねえって誓うよ。今後一生だ」 彼女を犯した罪すらも償わないということか……くそったれめ。 「おい、お前ら。俺と代われ」 男は部下らしき二人に大谷ちゃんを押さえ、ナイフを向ける役割を分担させる。 奴は鉄パイプを拾い、俺に近づいてくる。その先端には、微かに血が付いている。 「本当はこの間の分を入れて半殺しにしてやりたいんだがよォ、今回お前の足だけで許してやるから、俺らも今後見逃してくれや。十分イーブンだろ?」 そう言って振りかぶり、俺の左脛を強打した。 「うぐぁあああ!」 衝撃と激痛で転倒する。ガードを意識したおかげか、骨折だけは回避できた。 それでも、追いかける程の力は出ないだろう。 「よっしゃ、お前ら。ずらかるぞぉ!」 出ようとする前に、俺を殴った男が踵を返し、伏せて震えている大谷ちゃんの側に寄る。 「お前の中、すんげぇよかったぜ……俺らの種をよろしく頼むぜ。ごっそさん」 そして力なくうなだれる彼女の上半身を持ち上げ、唇が重なる。 「よっしゃぁ! 今日もサイコーの一日だぜぃ! ひゃっほぅい!」 上機嫌で、下の階へと降りて行った。 激痛で立ち上がれない……少なくとも、大谷ちゃんをここから出してあげないと…… 最悪の、惨劇だ…… |
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