十九、嵐の後の惨劇

【○】
 色々とマズった。

 一言でまとめるとこうなる。

 あぁ、なんの事だかわからないだろう、学祭だ。

 本物の幽霊が出るという噂が流れたは良い。元々それが売りだし。

 で、こっからが大誤算。

 幽霊が苦手な人が大きく騒いでしまったのだ。

 そりゃ人には好き好きありますよ。幽霊だってダメな人いるでしょ。

 でも嫌悪レベルで言えばゴキ以上だというのは予想の範疇外だった。

 俺たちが心霊動画の撮影に喜び、そのままのテンションで編集してしまい、さらには「(犬の)幽霊と握手しよう!」という悪ノリもした。

 ……そりゃまぁ騒ぎにもなるし、学生会からカミナリも落ちる。

 メンバーにストッパーが居なかったことがある意味奇跡だ。悪い意味で。

 三日あったうちの二日目で、俺たちオカルト研のブースは片付ける事となった。

 それでも学内でも話題を占めた模様で、空っぽの講義室に何度か学生が怖いもの見たさで飛び込んできた。

 さすがに犬三足を呼び寄せようって気にはなれなかった。だって学生会怖いし。



 そんなこんなで一足先に落ち着きを取り戻したオカルト研。

「最終日ぽっかり空いちゃったからさ、グータラ休まないでここで打ち上げパーティーでもやっちゃおうよ」

 とは、今岡先輩の意見。

 内装は面倒だから良いとして、オードブルとピザとケーキでも揃ってれば十分とのこと。

 グループを四つに分けて買い出しに行くことととなった。

 先の三つに加えて部室内の掃除班だ。

「我と江城がここに残ろう。食事のセンスは、女子に任せるのが一番だろうしな」

 佐々木部長と江城が掃除班か、真っ先に一番決まりにくそうなのが決まったな。

「じゃぁ残るは女子四人に男子二人ね」

 ……まぁこうなったら大体組み合わせってのは自然と決まるもんだ。

 俺と熊長君は確定だなぁ。ハハッ、男二人で何買いに行くんだろう。

 俺がそんな事を思っている隣で、俺の嫁がおずおずと手を上げる。

「……あの、私……篠本先輩と一緒がいい……」

 恥ずかしそうに頬を赤くして、消えそうなくらい小さな声で、それでもハッキリとした主張。

 うおおおおたにさぁあぁん!

 もう今すぐ結婚しようよ!

「あー、篠本と二人っきりかぁ」

「食べ物買いに行ったのにそのままご休憩とかありそうだからなぁ」

 定本さんと今岡先輩の二つの疑いが突き刺さる。

 このっ……好き勝手言いおって。

 手をワナワナと震わせてると新野さんが肩を叩いた。

「あのっ、あのね、避妊だけは絶対にしっかりするのよ?」

 女性に釘刺されるのが一番キツイわ!

「あーもううっさい! 俺はこう見えても紳士だっつうの!」

 思わず逆ギレしてしまったわ!

「知ってるよ、二人は清い仲だもんねー」

 ニヤニヤと、今岡先輩が茶化す。

 嫁も顔を真っ赤にして伏せてしまった。そして俺に頭突き。



 冬が近づき、繁華街も次なる大きなイベント、クリスマスに向けて少しずつ準備を進めている。

 結局俺と嫁はケーキの買い出しに決定した。

 熊長君は定本さんとピザとのこと。

 空気が寒くなり始めた今、手袋無しではちょっとばかり寒い感じだ。

 これまで日常でカップルらしいことをしてなかったから、今この瞬間はものすごく緊張する。

 嫁の右側を歩き、左手をプラつかせる。

 我ながらイヤラシイと思いつつも、彼女からのOKサインを待っている。

 しばらく無言で歩いていると、彼女の方から俺の手を握ってきた。

 小さくて、暖かくて、柔らかい。

 今までも何度かあった気もするけど、お互い意識が向いている事もあってか、伝わる熱は今までで一番だ。

 今、大谷さんと付き合っているんだ……と少し感慨深くなる。

 女の子と付き合うなんて初めてだし、部の買い出し中だけど雰囲気は十分デートだ。

 手を握れば彼女も握り返してくる。

 絶対に放さないぞ……なんて無駄に意思を固くしてケーキ屋へと歩く。



 手はあっさりと離れた。

 江城お勧めのケーキ屋は行列ができていて、並ぶ必要がある為だ。

「しかしすっごい行列だなぁ」

 平日なのに長蛇の列だ。レジにありつけるまでどれくらいかかるだろうか。

「……きっと、それくらい美味しい」

 嫁が期待を膨らませてか、小さくぴょんこぴょんこと跳ねる。

 普段は黒魔術大好きのミステリアス少女だが、やはり本質は甘いお菓子と恋に敏感などこにでもいる変わらない女の子なのだ。

「……歩き疲れたから並びます」

「おう、了解。じゃぁ俺は紙食器買ってくるよ」

 そう言って嫁が行列に入り、俺は紙皿や割り箸などを調達しに向かいのデパートに入る。

 早いこと戻ってベンチに座らせてあげなきゃな。

 そんな思いでささっと済ませ、行列並びを交代。

 買った物のついでにおはぎと紙パックのりんごジュースもあげた。

「……これから食べるのに」なんて困った返事をしたが、可愛い笑顔は怒ってる様子なんて微塵もなかった。

 並んだ時間は十五分ほど。列の長さの割には早かった気もする。

 ケーキを抱えて嫁のいるベンチに向かう。いるはずのそこには、別のカップルが座ってた。

 おかしいな。確かにここに座ってたはずなんだけど……

 ベンチ脇に食べかけのおはぎと、中身が零れたりんごジュースの紙容器が転がっているのが目に入った。

 ドクっと、俺の心臓が強く締め付けられる。

『わたしを ころした ひと』

 不意に、マキエから来たメールの文章が頭をよぎった。

 まさか……いや、でもしかし……

「……ドリル号!」

 人混みの中にも関わらず、俺は叫んだ。

 突然何事かと俺を注視する人が何人かいた。

 シェパードの前足が、何もない空間から現れる。

「俺のよ……大谷さんを探せ!」

 足だけのシェパードは一目散に駆け出した。やはり幽霊と言えども犬。捜索にはもってこいだ。

「ゴン助!」

 続いて柴犬の前足が登場。

「江城と佐々木部長をドリル号の所まで連れてきてくれ」

 柴犬もオカルト研究室へと向かって駆け出した。

「シェリー、背中に」

 レトリバーをおんぶするように前足が俺の肩にかかる。

 これでドリル号の軌跡を辿る。

 俺は焦りながら駆け出した。買ったばかりのケーキなんかもう構わない勢いだ。

 ケーキなんかより、今は嫁の事の方が大事だ!
【△】
 一通りの片付けも終わり、あとは食べ物という役者待ち状態となった。

「まぁ、こんなもので良いだろう」

 こざっぱりとではあるが、プチパーティを行う上では十分だろう。

「まさか学生会から禁止喰らうとは、我も誤算だった」

 その学生会の会長はテンプレート通りの堅物で、おふざけで前足幽霊を出したらものすごい形相で怒鳴り散らしてきた。

 その後立てなくなるくらい膝が震えて取り巻き二人に肩を支えられてたけど。

 部の解散を求めてこないだけまだマシだった。来年からはどうするか大きな課題だな。

「しかし……大学生活最後の学祭は、良い思い出として残った。幽霊をゲストとして呼べるイベントなんて普通はできまい」

 満足そうに、こざっぱりした部室を見渡す。

 彼にとっての四年間の居場所。最後に打ち上げた花火がデカ過ぎた。

 でもその華やかさは他人には理解出来ない色合いでも、彼には一生残るほどの一発だったのだ。

「篠本には悪いな、とは思うが」

 篠本が犬たちに取り憑かれたこと、そして携帯に憑依した牧江の手伝いがあって(篠本が俺だけに白状した)あの心霊ツアーが成り立ち、学祭に結びついた。

「あとはこのまま、何の影響もなく卒業出来れば……だな」

 大谷ちゃんの除霊術は相当らしい、とは篠本の弁。呪われることはないらしい。

 俺もこれからどうするか決めなければならない。

 牧江は幽霊という形で見つかった。篠本の携帯で何度も交信して確証を得た。

 結局お姉さんには何も言えず仕舞い。篠本が知りつつも俺に言えなかった気持ちがわかった。

 このまま新しい生き方を考えるか、それとも……

 ――『わたしは ころされた』

 犯人を追うべきか。

 手がかり無しでどう辿るかが問題だ。

 当の牧江は薬漬けの影響で苦しすぎて覚えてないとか。

 錯乱を呼ぶ程の投薬をされて、結局は死んでしまった。想像もしたくない光景だ。

 殺された人の霊魂がどのようになるのかは憶測の域を出なかったが、牧江は今も囚われ苦しんでいることは確実だ。

 成仏というものが実在するなら、犯人を捕まえる事は条件の一つなはずだ。

 ならば、やはり当面は犯人探しだ。それから先はまたその時考えよう。

「どうした、江城。顔が怖いぞ」

「あ? あぁ……何でもない。それより、みんなまだかな……」

 そう言って立ち上がると、犬の足がドアをすり抜けてやってきた。

 あれ、篠本の犬じゃないか。

「おぉ? その足は……柴犬か?」

「……ということはゴン助か」

 ゴン助は俺に訴えかけるように前足を突ついてくる。

 それと同時に携帯が震えた。

「もしもし……」

『江城、今そっちにゴン助を送った」

 息を切らせた篠本の声だ。様子からして走っているようだ。

「あぁ、たった今来たよ」

『もう? 早いな……いや、それより、よ……大谷さんが消えたんだ』

 大谷ちゃんの突然の失踪、心霊ツアー前の出来事を思い出す。

『何かがあるといけない……念のため一緒に向かってくれるか? 大谷さんはドリル号に任せてある。あとはそいつを追うだけだ』

 なるほど、考えたな。こういう危機は一丸となって対処するのが正しい。

「……佐々木さん」

「大谷嬢が消えた、と聞こえた」

 大慌ての篠本の声は向こうにも響いたんだろう。ならば話は早い。

「行こう、ボヤッとしている暇はない!」

 俺達は立ち上がり、コートを羽織る。

「ゴン助、頼む!」

 犬の前足を先頭に、俺達は大谷ちゃんの捜索に向かった。

 今回は、追いかけるだけだ。前ほどじゃない。
【○】
 辿り着いた先は、路地裏だった。

 先に人の気配を感じ、警戒する。

 覗き込むと、三人組の男がいた。

「やべーっすよ。ついに拉致っちゃいましたよ」

「今まで俺らの誘いを断り続けたからなぁ……これくらいやらないと先に進めねぇべ」

「まぁここなら大丈夫っすよね、前みたいに邪魔入らないだろうし」

 リーダー格に腰巾着二人、そういう組み合わせだろうか。

 彼らに囲まれるように、俺の嫁が震えながら小さくなっている。

 ビンゴだ。そして……彼女に何してやがんだ……

 何の算段もなく出ようとしたら携帯が震えた。


from
件名
いっちゃ だめ


 マキエからの警告だ。わかってる、でもジッとしていられない!


from
件名
えしろせんぱい まって


 ……ここでも江城か。確かにゴン助に向かわせているけど、そんなに待ってられない!

「イヤぁっ! やだぁ!」

「うひょー! やっぱ小さくてもおっぱいあるねぇ!」

「木谷さんズルいっすよ、俺も触りたいっす」

 この野郎! 俺の嫁にっ……!

 俺は勢いに任せて、三人組の前に出た。

「あんたら……その娘から離れろよ」

 男達は大きなため息を吐いた。

「おいおいまた邪魔が入ったよ」

「なに、キミ彼氏が二人もいるの?」

 彼氏が二人…? いや、今はそんな言葉に惑わされてはいけない。

「よぉ、オレ達これからお楽しみなわけ。邪魔だから消えてくんねえかな」

 さすがDQN! 凄むと恐ろしい……

 でも嫁を置いて逃げられるわけがない。踏ん張れ、俺!

「おい、やっちまえよ」

 リーダー格の男が言うと、腰巾着二人は同時に俺に向かってきた。

 二人の片方仮にTとしようが右側からストレートを顔面にむけてくるが、間一髪で避ける。

 カウンターの要領で右手を突き出し、押す。

 突き飛ばしたと思ったらその先で犬の前足がさらに伸びた。

 犬が手助けしてくれるのか……

 左側から来るもう片方仮にSとしように向かって咄嗟に叫ぶ。

「シェリー! やれ!」

 レトリバーの前足がSに飛びかかった。

「わぁっ!」

「な、なんだこれ!?」

 犬の幽霊たちに驚くDQNたち。

 効果あるな……これで何とか切り抜けるしかない。

 SとTは前足を跳ね除け、立ち上がって俺を睨む。

 やっべぇ、どうしよう。

 Tが再び殴ろうとしてくる。顔面に向かうのを避けたら今度は追撃で腹に来た。

 これには対処できずにモロに喰らう。

 腹にくぐもった苦しさと、痛みが広がる。

 今度はSが俺を蹴り、俺は地面に伏せる。

 俺は立ち上がり、シェリーの足を剣みたく振り回してみる。

 デタラメな軌道は相手に擦りもしなかった。

 再び反撃……そして追撃と、俺に立て直す隙がない。

 これはもうリンチ状態だ。Tが俺を後ろで押さえてSが好き放題殴ってくる。

 言いようの無い痛みと、苦しさで根を上げたくなる。

「彼氏弱くね? 前の方が強かったし、顔もいいじゃん。あ、そうか……こいつキープ君かぁ! なら納得だわ」

 リーダー格が笑う。身体中至る所がボコボコにされ、力を入れたくても今は苦しみを耐えるので精一杯だ。

 くそったれ……こんな時に嫁を守れないなんて……なんて俺は非力だ。

 それにさっきから別の男がいるとか……何なんだよ、チクショウ……

 俺はキープなんかじゃ……

 幾度となく、顔を殴られる。もうどうなってるのか状況を把握できない。

「……ったく、手前を取らせやがって」

 ゴリゴリと、地面を掻く金属の音がする。

「き、木谷さん……それはやりすぎじゃ」

「うるせえ! おい田口、笹子……間違ってもチクんじゃねぇぞ?」

 何がどうなってるんだ……一体何が来るんだ……

 頭に強すぎる衝撃が来た。そこから先は、覚えてない。
【△】
 ゴン助の後をついて行くと、路地裏に入った。

 ビルの間にぽっかり空間が空いたような感じで、そこには信じられない光景があった。

「し、篠本!」

 篠本が頭から血を大量に流している。

 それ以外にも酷く暴行を受けたのか、ボロ雑巾みたいになっている。

「篠本……大丈夫なのか?」

 状態を見れば一発だ。無事なわけがない。

 何よりも一刻も早く……

「救急車だ……ここはどこだ?」

 慌てて救急車に連絡を入れる。近くの店を知らせることでどうにか来てもらえるようにはなった。

 篠本は大谷ちゃんを追ってこんな目に遭った。

 つまり、大谷ちゃんは非常に危険な状態だ。

 さっきからゴン助が俺の足を突ついている。

 篠本のことで頭がいっぱいだったが、ドリル号が大谷ちゃんの居場所を知っているはずだ。

「佐々木さん、篠本を頼む!」

「わかった!」

 俺はゴン助に連れられ、大谷ちゃんの下へ向かう。

 どうにか無事でいてくれる事を願って……



 今はテナントを募集中となっているビルの中に入る。

 カギが開いていて、不良の溜まり場としてはうってつけだろう。

 女の子の悲鳴を聞いて、俺は声のする方へ急ぐ。

 かなり上から聞こえてくるな……三階くらい上か。

「イヤぁ! もうヤだぁ!」

「オラッ! もっと良い声で叫べよ、オラオラ!」

 微かだった声が大きくなってくる。

「そろそろイくぞ! 俺の二発目、しっかり受け取れよ!」

「ヤダ……やめて、もうやめて!」

「オラッ! ママになっちゃえっ! オラァー!」

「イヤぁー!」

 何が起きてるか想像もしたくない。

 最悪の事態になってなければいいが……

 俺が到着した頃は、場は落ち着いていた。

 男二人が女の子を押さえ込んで、彼女の背後に立つ男はズボンを正している。

 事態を、一瞬で理解した。

「……てめえら!」

 男達は驚きで俺の方を見る。

「やべえ! あいつだ!」

 怒りに任せて殴りかかろうとしたら、男の一人が泣き顔で真っ赤になった大谷ちゃんを人質にするように後ろから抱える。

 もう片方の手には、サバイバルナイフが握られ、彼女の首筋に当てられている。

 こいつら……!

「おぉっと、これ以上近づかない方がいいぜ。大切な彼女を傷つけたくなきゃな」

 いくら虚勢でも、この状況では従わざるを得ない。

 くそっ! この卑怯者め!

「もう俺らこの娘に用はねえんだ。何があっても近寄らねえって誓うよ。今後一生だ」

 彼女を犯した罪すらも償わないということか……くそったれめ。

「おい、お前ら。俺と代われ」

 男は部下らしき二人に大谷ちゃんを押さえ、ナイフを向ける役割を分担させる。

 奴は鉄パイプを拾い、俺に近づいてくる。その先端には、微かに血が付いている。

「本当はこの間の分を入れて半殺しにしてやりたいんだがよォ、今回お前の足だけで許してやるから、俺らも今後見逃してくれや。十分イーブンだろ?」

 そう言って振りかぶり、俺の左脛を強打した。

「うぐぁあああ!」

 衝撃と激痛で転倒する。ガードを意識したおかげか、骨折だけは回避できた。

 それでも、追いかける程の力は出ないだろう。

「よっしゃ、お前ら。ずらかるぞぉ!」

 出ようとする前に、俺を殴った男が踵を返し、伏せて震えている大谷ちゃんの側に寄る。

「お前の中、すんげぇよかったぜ……俺らの種をよろしく頼むぜ。ごっそさん」

 そして力なくうなだれる彼女の上半身を持ち上げ、唇が重なる。

「よっしゃぁ! 今日もサイコーの一日だぜぃ! ひゃっほぅい!」

 上機嫌で、下の階へと降りて行った。

 激痛で立ち上がれない……少なくとも、大谷ちゃんをここから出してあげないと……

 最悪の、惨劇だ……
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