二十一、その後の荒野 |
---|
【△】 |
悪夢のようなあの一件から一週間が過ぎた。 あともう一週間ほどで篠本は復帰するようだ。 オカルト研の空気は大谷ちゃんを中心に今も重く、心理的なケアを今岡さんと定本が頑張ってくれている。 俺の怪我も骨折まではいかなかったが、包帯を巻いて安静するように指導を受けた。 問題は山積みだが、俺は今できる事をやらなければならない。 牧江を誘拐したヤツらについて。 四年前のあの日、証言者が口にした夢遊病状態による失踪は完全なデマだった。 篠本から借りた携帯で牧江自身から聞いた情報だ。 これはかなりぶっ飛んだ予想になるが、証言者全員がグルということになる。 三角頭の大男もその一味と考えればなんとなく納得はいく。 さて、ここからが厳しい。どうやってヤツらを手繰り寄せる? 牧江が消えてしまった遊園地はその二年後に経営破綻を起こし、廃業となった。 だとすれば……そうだ、篠本が牧江に取り憑かれた場所だ。 どこで何をしている時に取り憑かれたかを聞いていなかった。 ここから先は、篠本待ちになるのかなぁ……あと一週間ももやもやしたままは辛い。 「どうしたの、変な声出して」 呻きながら頭を掻いてると、今岡さんが部室に入ってきて俺の隣に腰掛ける。 大きなあくびをしていて、非常に眠たそうだ。 「今岡さんこそ、寝不足?」 「まぁねー。春香ちゃんがなかなか寝かせてくれなくってさ。毎回激しいんだよ〜。あたしは好きだからむしろウェルカムなんだけど、四時間ぶっ続けはさすがに疲れるね」 今岡さんと定本に任せてから、徐々にではあるが心理的に回復しつつあるとか。 その方法が問題な気がするが、俺は口を挟まない。 結果が良ければそれで正しいのだ。 「あたしたち二人で持つかどうか……これが外に向いたら危険かもね。江城君も気をつけた方がいいよ。すごい勢いで絞り取られちゃうから」 俺は乾いた笑いで返答する。迫られたら当然断るつもりだけど……しかしそこまでになったら確かに危ない。 広がれば、人間関係の破綻は容易だ。 「とりあえず昨日まで早苗ちゃんと二人でたたみかけたから、それで落ち着いてくれたらなぁって感じかな。三日間激しかったよ」 言葉尻に配慮しているとはいえ、凄い事を言ってるな。本当乾笑いしか出ない。 篠本が復帰してくれれば何とかなるだろうか。 「それで、篠本はどうなの?」 怪我の具合を考えてあまり干渉しないようにとは思ったが、昨日あたりに電話をかけてはみた。 全くの無反応で、返信もない。 とりあえずはあと一週間で学校に戻ってくるんだ。 |
【■■】 |
診察を終えての休息時間、病院の最上階にある食堂から抜ける。 病人、怪我人とはいえ見舞いに来た異性の友人、恋人との二人組を見ると苛立ってくる。 私自身がずっと孤独だったという劣等感から湧き出るものもあるが、医師という肩書きからの優越感が逆に他人への信頼を殺した…… 無邪気に相手を信用できる彼らに羨望すらある。 あぁ、彼らの笑顔を壊したい……患者の突然死で周囲の笑顔を曇らせたい。 私にはそれができるし、死に瀕した患者の命を左右できるのだ。 ……黒い欲望は伏せておかなければ。 少なくとも医者としての模範的な言動は守らねばならない。 今も院内では多くから信頼を得ているのだ。それを崩してはならない。 事務室のドアを抜ける。すれ違いのタイミングで、妙齢の女性看護士が封筒を手渡してきた。 「先生、たった今こんな封筒が届いてきました」 「封筒? あぁ、ご苦労。ありがとう」 受け取ったものを確認する。私への宛先があるだけで、送り主は書かれていない。 裏面に階段とその先に続く閉じた扉が黒で捺印されていた。 その印を見て、送り主が特定できた。 私に狂者の眼の事を教え、「楽屋」を紹介してくれた。義手も与えてくれた上に実験の陰ながらの支援者。 「闇への階段」という団体からだ。 新興宗教じみた団体だが、その底の深さは計り知れない。封書から怖気すら感じ取れる。 恐る恐る封を切り、中身を確認する。 『貴殿の活躍に期待と敬意を表し、我らと共に果てしなき高みへ』 驚いたことに、この私をスカウトするという内容だった。 これは思いがけない事態になった。 『三度月が影に消える頃、貴殿の元に闇の鍵を届けたし』 月が影を……これはもしや新月の事を指すのだろうか。 月齢を記したカレンダーで確認する。三度先の新月は、丁度二ヶ月半後だ。 彼らの本部はどこにあるかは不明だが、世間とは確実に隔離されていると考えて良いだろう。 「闇への階段」の仲間入りしたとすると、未練があれば為し得ないままとなる。 その期限まで考える猶予と、今現在抱えている未練の清算か。 医者としての生活がなくなるであろう事は残念だが、未練はない。 しかし、一つだけあるとすれば……運命とも言える対峙が残されている。江城優悟くんだ。 彼とは根強い因果で結ばれている。私は彼の父と、そして恋人の命を奪った。 彼がその事実を知るかどうかは別だが、私にとって彼の存在が大きな未練となるであろう事は確かだ。 物語のような運命の導きが本当にあるとすれば、彼は「戦士の眼」を持っているであろうことが期待される。 私にとって「戦士の眼」は絶対的な畏怖であり、乗り越えなければならない壁だ。 それを越えられれば、私に恐れるものはもう何もない。 「闇への階段」の者も、戦士の眼が敵でない私を味方に付ければ、これほど心強いものもないだろう。 どうせなら実験も交えてこの因果と対峙しよう。 もちろん現在彼と交友関係の深い女性がターゲットだ。 実験の事も考えると、二ヶ月半という時間はむしろ短いかもしれない。 前回の実験ですらまだ空白期間があまりない……しかし因果に決着付ける為には、多少のリスクは必要だ。 タイムリミットが、やってきたのだ。 |
←前章 | top | 次章→ |