二十二、心の仇討ち
【○】
 過酷すぎる程の十日間。それが終わった頃には俺の姿は見違える程になった。

 上半身は脱げば驚く筋肉質で、右腕に至っては左腕と明らかに太さが違っている。鏡で見るとかなりキモい。

 最後の二日間は温泉やマッサージの治療がメインだった。

 少しは痛みが残るが、機敏な動きは可能になった。

「欲しいものを言ってみろ。俺のシゴキに耐えた褒美だ」

 その気前の良さに乗っかり、黒い雨用のポンチョを買ってもらった。

「本当にそんなんでいいのか?」

 とは言っても彼がくれたのは三万円はする高級品だ。文句なんて言えないっす。

「じゃぁコイツは俺からだ」

 金属製のこれまた高級なボールペンだった。今でこそこのペンが強力な武器に見える。

 誰を相手にしても負ける気がしない。

「ありがとうございます。大切にします」

 使い方は普通じゃないけどね。



 最後の武器調達の為にトン・キホーケイでで圧縮された棚を見る。

 その最中、龍郎さんの携帯に連絡が入った。

「木谷達の居場所を特定したらしい。成久、いくぞ」

 かき集めた商品をレジに運ぶ。数あるアイテムは、全て俺の武器だ。

「えらくカワイイモンを選んだじゃねえか」

「殺傷能力が低ければ、それだけ容赦なくやれますし……」

 それでも一部は危険なものが入っている。

 黒い高級車に乗せてもらい、繁華街を走る。

 やたらと人やバイクは避け、後ろの車は車間距離が開いていた。無理もないか。

 ひと気のない路地裏の近くに車を停める。

 車から降りて奴らの居る所の前に並ぶ。買って貰ったポンチョをここで羽織る。

「俺たちはここで待ってる。誰にも邪魔させねえから思う存分やってこい」

 俺は彼の方に向き直り、深々と頭を下げる。

「何から何まで、ありがとうございました」

「おめえはよく頑張ったよ。十日と短かったがおめえの成長には驚かされたぜ。これだけやれれば、木谷達はもう雑魚だ」

 彼の言葉に背を押されたわけでもないが、自分でもめざましい成長をしたと思う。

 今なら、誰を相手にしても負ける気がしない。

「では、行ってきます。お前らも挨拶しな」

 龍郎さんの前に三組の犬の足が現れる。

「いや、いいから! 頼むからそれ引っ込めてくれ!」

 青ざめ、慌てて拒絶する龍郎さん。意外なことに彼は幽霊関連がダメだとか。

 マキエの心霊ツーショット写真を撮ったら酷く怖がっていた。

 犬の前足に手を払う彼を尻目に、俺は細い路地を歩く。

 そこに大谷さんを好き勝手しまくった奴がいる。

 決して許してはならない、最悪の男。

「……でよ、コイツ見せたら周り超ビビってさ。めっちゃ気分良かったよ」

「さすがサバイバルナイフ、いつ見てもカッコイイッスね」

「それ、けっこう高かったんじゃないですか?」

 忘れもしない、あいつらの声だ。

「いくらだったか覚えちゃいねぇよ。ビビリ君からこぼれた金で買ったモンだからよ」

 上機嫌にも高笑いだ、実に癪に障る。

 音を立てずに三人の前に出る。笑い声が一瞬止まった。

「ん? 誰よ?」

「お、アイツこの間の……」

「おぉ、キープ君じゃないか! まさか彼女、処女だったなんてさ……いやぁ良い思い出が出来たよー」

 三人は俺を囲むように近づいてくる。

「しかしどうしたの、その格好」

「黒いレインコート? だっさー」

「中二病話患ってんじゃね?」

 完全に嘗めてかかってきている……これはチャンスだ。

 俺は素早くTに割り箸を突き立てる。

 訳もわからない様子で、Tは地面に伏せた。

「あ、あぁ? なんだ?」

 直後、回転して反対側にいたSのみぞおちに右拳をたたき込む。

 二週間前の頃から比べたら破壊力は格段に上がっている。

 リーダー格、木谷は持っているナイフをこちらに向けてきた。

 一度間隔を開ける為に大きくステップをした。

「おいおい、俺たちにケンカ売るっての? コイツでぶち殺しちゃうぞ!」

 TとSも体勢を立て直したらしい。当然だ、殺傷能力は皆無に近い。復活も早いだろう。

 俺は右太ももに這わせていた大サイズのペグを抜き出し、右手で構える。

「あぁ?」

「釘……?」

 龍郎さん直伝のボールペン格闘術で組み合わせればこのキャンプ用の釘は破壊力としては十二分だ。

 襲いかかるSの腕に軽くペグを突き立てる。

 相手の勢いをそのまま利用するので、皮膚にのめり込む。

「ぎゃああ!」

 反射的に後ずさりするSにペグを腹に突き刺す。刺すとは言っても服すら貫通しない。でもダメージは充分だ。

 さらに犬の前足という追撃がある。

 肉球で頬を殴られ、大袈裟に回転して倒れた。

 Tが迫り、殴りかかってくる。龍郎さんの動きを見ていたら、奴の動きは遅すぎるし、軌道も読める。

 避けるのに何ら苦労はしない。

 ペグを前に構えた直後、左から割ってきた木谷の蹴りを浴びる。

「調子乗んじゃねぇぞ。武器持ってるからって粋がんなよ」

 俺はすぐに体制を直し木谷とTを交互に見る。ペグは蹴られた拍子に落としてしまったみたいだ。

 今度は腰の方から金属の太い杭を取り出す。

「おいおい、てめぇは一体いくつ武器を隠し持ってやがんだよ!」

 ポンチョで体のラインを消す事で武器をどれだけ持っているかを隠せる。その為にポンチョを貰ったのだ。

 杭はさすがにビビるらしい。逆手持ちで振り回すだけで相手は大仰に避ける。

「コイツ、こんなん持ってて超速ぇ!」

 Tは焦りながら避ける。

 内心本気じゃないだろうとほくそ笑んでるだろうが、俺自身は本気で奴の顔を潰そうと振り回している。

 まだ筋肉痛が抜けていないため、武器を振るうのに精度が足りないのだ。

 後ろを壁で塞がれ、慌てて横方向に転がるT。

 勢いのついた太い杭が壁に深くめり込む。

「お、おい……そこ、俺の頭のあった場所……」

 Tの言うとおり、そこは奴の頭のあった場所。逃げ遅れたら確実に頭に突き刺さっていた。

「ひっ、ひぃっ!」

 杭を軽々と引き抜き、後ずさりするTの腹めがけて杭の頭で殴る。そしてそのまま真下に向けて投げ放つ。

 Tは断末魔の声を上げる。杭を思いっきりTの足に叩きつけたのだ。下手したら骨折してるかもな。

 すかさず腕からボールペンを取り出し、今度は太ももに強く突き立てた。

 今度こそ、Tは戦意を喪失させてのたうち回る。

 Sは恐れおののいて後ずさりしている。

「てめぇ……こ、これでも喰らえや!」

 木谷がナイフをこちらに向けて迫ってくる。俺は微動だにしない。

 左手を前に構え、ナイフをそのまま受け止めた。

 血しぶきが、俺に降りかかる。

「あ……あぁ……」

 自分から刺したにも関わらず、木谷の表情は真っ青だ。

 そこに勝ち誇ったドヤ顔はない。

 俺は真っ直ぐ、眼力を緩めずに木谷の眼を射抜く。

 右手で思い切り木谷の顔を殴った。面白いほど後ろへ飛んでいく。

 左手を貫通する血に塗れたナイフを見る。そして、言いようもない激痛がやってきた。

 これで……これで大谷さんの痛みに届いた気がする。

 苦痛に表情が歪む。それでも、堪えなければならない。

「……あぁ、丁度よかった」

 自分でも恐ろしいほど、冷静な声が出た。

「武器が無くなったところだったんだ」

 左手のナイフを抜き、おびただしい血が垂れていく。

「良いナイフだ……せっかくだから切れ味を試してみるか……」

 俺はどんな顔で喋ってる?

 鏡を見ないとわからないが、木谷達が酷く怯えているのだけは確かだ。

「やべぇ、コイツやべぇよ!」

「逃げるぞ、殺されるぅっ!」

「く、来んな! キチ○イ!」

 情けない声を上げて逃げていく。

 あれだけ威勢が良かったのに……勝手なものだな。

 俺はゆっくりと来た道を戻る。奴らが逃げられない事を、知っているが故に足取りも落ち着いている。

 路地裏の入り口付近にて、木谷達が龍郎さんたちの襲撃でボロ雑巾になって地面に伏せていた。

 泣きながら「スイマセン」と連呼している。

「やぁ木谷殿、またお会いましたね」

 俺はのたうち回る悪漢に皮肉を投げた。

「許してくれ……もう近寄らないでくれ……」

 悪漢にもはや威勢など存在せず、ただ情けない格好で泣いている。

 なんて身勝手な野郎だ。自分は好き勝手やってきて、いざ自分が被害者としての立場に立つと許しを懇願する。

 泣きわめく木谷を見て、沸々と黒い感情が湧いてくる。

 そして、良い案を思いついた。

「ゴン助、ドリル号、シェリー……やってやれ」

 犬の足を呼び寄せる。龍郎さん達は怖がって少しばかり下がる。

 前足が後ろ足に代わり、木谷達三人を囲む。

「お、おい……なんだよ、何する気だよ……」

 逃げようとしているのだろう。しかし痛みで満足に身体が動かせないんだろうな。

 龍郎さんたちは本物の人たちだからさすがに容赦ない。

 幽霊の放尿を浴びる三人。上ずった悲鳴が情けなくビルに響く。

「な、なに……俺たちどうなったの?」

 不安そうなSの声。他の二人も同様に不安一色だ。

「幽霊のマーキングさ。これであんたらがどこにいたとしても俺は犬の付けた臭いを追いかけてあんた達の居場所を知ることが出来る」

 一斉に青ざめる三人。

 血まみれのナイフを木谷にちらつかせる。

「しばらくこれ、借りるよ……今度返しにいくから」

「いいっ! そんなもんくれてやる!」

 そのナイフを見たのか、それとも俺の左手に気付いたのか、龍郎さんが俺に近寄る。

「おい、成久……それ、どうした?」

「あぁ……大した事ないですよ」

 ズキズキと脈打つように激痛が走るが、大丈夫……だろう。

「バカ野郎! おめえ明日から学校だろ! ったく余計な傷つけやがって……おい、お前らコイツすぐ病院に連れてけ!」

 部下に指示を出し、俺は車に乗せられて病院へ行く。

 筋の人には特別な窓口でもあるのだろうか……手術まで時間がかからなかった。

 それとも急患扱いだったりするのかな……ベッドに寝かされた頃には意識が少し朦朧としていた。
【■■】
 緊急の手術が入った。

 丁度患者の対応が一区切りしたところで、少し一服でもしようかと思っていたところだ。

 名前は、篠本成久君……左の二、三中手骨の中間位置に鋭いナイフによる開放創が見られる。

 それ以外にもいくつか打撲が見られても、さほど気にする程でもない。

 あとは少し血を流したのか、軽い出血性のショック症状が見られる。

 重要なのは左手の刺創だけだ。

 創部の位置からして虫様筋、正中神経、浅掌動静脈弓の損傷が懸念される……か。

 橈骨神経は損傷の可能性がある、くらいか。神経の走行から考察するに四、五指の動き、感覚に問題は無いだろう。

 手、ばかりは非常に精度が求められる。

 私とて左手を失った身。

 今でこそ精度の高い義手のお陰で手術の腕も保つ事ができているが、彼が同じ義手を手に入れられるとは限らない。

 やれる限りは尽くしてやろう。それが医師としての模範的な行動だ。

 しかし模範的に手術を行おうと思う反面、この男を殺せと本能が警鐘を鳴らしている。

 まさかこの彼が戦士の眼の持ち主なのか……はっきりと確証は持てないが、因果が無ければすれ違うだけの関係だ。

 最後のターゲットは江城君と既に決まっている。

 篠本君とは因果がない……となれば戦士の眼を持とうとも無関係だ。

 仮に対峙する事があろうとも、それはその時だ。

 緊急手術とは言え、今は私の患者だ。

 刺したナイフが綺麗だったのが不幸中の幸いか、感染等の予後は希望が持てそうだ。

 ただ、傷痕だけは残る。それが彼にとって人生の障害になることは必至だ。

 私もそうだった故に、共感できるのだ。

 ようこそ、傷持ちの地獄へ……少なくとも、動きに支障が出ないようにだけ、慈悲を送ろう。
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