心霊まみれのあの廃病院から生還し、手に入れた資料を早速広げる。
「究極兵士」というのを作り上げる為に人体実験を繰り返していたようだ。
残念ながらその究極兵士とは何なのか、一体何の為に作るのかは明記されてなかった。
あくまでも実験の経過と結果のみだ。
不可解な事が一つ。被験者が全員女性で、男性に行った記録が一切ない。
これで実験が成り立つのかわからない……いや、理解を示そうなどとは思うまい。
これは明らかに犯罪だからだ。
結果、被験者が全員続行不可能なほど衰弱しているのだ。
その先の事は書かれてないが、良い感じではないだろうな。
資料を読み進めていくうちに、究極兵士に進化させるドーピング剤の生産と改良に目的が変わっている事に気づいた。
そのドーピング剤の実験はマウスと「頼案寺剛介」という男性被験者でデータが記載されていた。
マウスでの実験では、あまりの細胞増殖に耐えられず、破裂を起こすと書かれていた。恐ろしい。
マウスで耐久が成功した時に剛介という男性に投与をしてみた。
結果、著しい筋肉の増強が見られた。
治癒能力も備わり、まさに「究極の兵士」の完成と言ってもいいだろう……とあった。
文面から察するに、実験は終わり、ほぼ目的は達成されたかに思える。
そしてこれらの資料には載ってなかったが、牧江はこの実験に利用され、命を落とした……非常にやるせない気持ちだ。
牧江の生きた意味が、この実験に帰結される事が悔しい。
何としてでも犯人を捕まえなければ……牧江はもとより多くの被害者の魂も浮かばれない。
牧江が篠本に取り憑いたが、他の人だって取り憑きたかっただろう。想いは同じであるはずだ。
これは警察に渡そう。そしてあの病院に乗り込んでもらおう。
これでこの事件は解決に向かうのだ。
これで……牧江の魂を救えるんだ……
翌日、資料は念のためコピーを取って、原本をファイルに入れて警察に届けた。
廃病院となった小太原総合病院で人体実験が行われている、その証拠として資料を持ってきた。
そう言って手渡したら数十分待たされて、スーツ姿の年配の警察がやってきた。
「君が、これを?」
「えぇ、小太原の廃病院で非人道的な実験が行われている。これは犯罪だ……犯人を捕まえて頂きたい」
警官は唸り声を上げる。返答に詰まっているようだ。
何度も資料をめくり、目を通している。
「あなた、お名前は?」
「えっ、江城、です……」
「江城さん、申し訳ないが……捜査はできんのですよ」
え? 待て……どうして捜査ができないんだ?
「待って下さい! ちゃんと実験室の写真だってあるし、この資料では何人もの被害者が出ている。これを警察が許して良いんですか?」
明らかに事件を匂わせる資料だ。これを放置するなんて……あり得ない。
「我々としては、あなたがどのようにしてこの資料を手に入れたかが興味ありますな……もしや不法侵入と窃盗、とかではないですかな?」
「な……に……」
愕然とした。何故俺が逆に犯罪者扱いを受けるのか。
「今引き下がるなら見なかった事にしましょう。ただ、これ以上突き詰めるのであれば、一緒に取調室に行きましょうか」
国家権力ですら味方に付ける程の規模なのか……とりあえずこれ以上ここにいるのは得策ではない。
「いや……いい……」
俺は素直に引き下がることにした。
「一応資料はこちらで預かっておきましょう。疑われても良いことないでしょう?」
もうどうでも良くなった。この情報で警察が動いてくれないのであればもう意味がない。
警察署を出てとぼとぼと歩く。頼みの綱に、断られたショックは計り知れない。
「江城君」
呼ばれて振り向く。知った顔が壁に寄りかかっていた。
「……定本、どうしてここに?」
「オカルト研の部室ですごい形相で書類とにらめっこしててさ、ちょっとだけ覗いちゃったんだ。それで気になって追いかけてきちゃった」
覗いたってことは……
「相当ヤバイ事に足を突っ込んでるね。あたしから言うのもどうかと思うけど、これ以上はよした方が良い……危険だよ」
どこまで読まれたかわからない……だが実はその危険に定本も関わっている可能性もある。
今まで狙われなかったのが不思議なくらい。
俺は大きく溜息を吐く。
なんだか、色々と語りたい気分だ。
「定本さ、ちょっと落ちつける場所に行かないか?」
俺の荒んだ心を受け止めるように、優しい笑顔で頷いてくれた。
公園のベンチに腰をかける。肌寒い空気が今は逆に心地良い。
「俺さ、高校の頃付き合ってた女の子がいたんだ……」
間髪いれずに俺は語り始める。
隣にいる女に別の女の子の話をするのはデリカシーに欠けるとか、そんな余裕はない。
今はこの失意を表に出したかった。
「付き合って半年くらいでその娘が行方不明になって、四年間ずっと帰りを待ち続けた。いつでも帰ってきて良いようにあの当時とイメージを変えずに、携帯もそのまま使ってる」
定本はどんな顔しているだろうか。俺は地面に視線を向けているから表情まではわからない。
相槌をうつ「うん、うん」という声は聞こえる。
「ついこの間、彼女が亡くなっている事を知った。『嘘だ』と叫びたい反面、『やっぱり』とも思う自分もいた」
それから、俺は悪夢に悩まされた。
「……夢の中でさ、彼女が俺に向かって『助けて、助けて』って泣いてるんだ。何度も、何度も同じ夢を見るんだ」
篠本に取り憑いた事による影響か、それとも俺の中にある牧江への想いが訴えているのか。
俺の声が徐々に震えを帯びる。
「やっと救う糸口を掴んだんだ……牧江を死に追いやった奴らを見つけた……」
「それが、あの資料なの?」
俺は言葉なく頷く。
「見つけた……でも警察は動いてくれない……何人も、牧江だけじゃない。何人も奴らに殺されているんだ……」
資料に上がった名前の数だけ、被害者がいる。
六年以上も前からこの悪夢は繰り返され、そして未だにこの事件を知る人に会った事はない。
これだけ被害が出ていれば大事件になっていいはずだ。何故誰も気づかないのか。
警察も捜査をしようとはしなかった。
それも大きく絡んでいたりするのだろうか。
「やっと牧江を救えると思ったのに……俺はどうしたら良いんだ……」
顔を伏せ、目を隠す。手のわきから涙がこぼれるのを感じる。
残された手はただ一つ。俺自らの手で壊滅に追い込むしかない。
しかしそこには大きすぎる壁が存在する。
全く歯が立たなかったあの大男だ。アレをどうにかしない限り、解決するに至れない。
この四年で鍛え上げたはずの力を持ってしても、たった二発喰らっただけでピンチになるほどだ。
武器を振るってさらにトドメを刺してやっと逃げられた……
非常に悔しいが、今の俺にはどうする事もできない。
隣から背中をさする優しい手を感じる。定本が精一杯のやり方で俺を慰めてくれている。
「……危ない事からは手を引いた方が良いと思う」
俺の気持ちを汲んでくれたのだろう。その上でその答えに行き着いた。
「もう遅いさ……奴らの研究室に乗り込んで資料をかっぱらったんだ。今頃俺を血眼で探して大慌てだろうさ」
この時点で俺に安全地帯はない。警察が動かない以上、俺には逃げるしか道はない。
「うん、だから。もうその娘の事は諦めて、逃げ続けるしかないよ」
諦める……か。今一番考えたくないことだ。
だが俺に反撃する力は無い。
くそっ……牧江をどう救えばいいんだ。
ここまできて泣き寝入りはしたくない。
「間違っても、ヤケになって戦いを挑まないで。それだけ恐ろしい組織を相手に勝てっこないよ」
定本の言う事は間違っていない。
無茶な戦いで俺の命を危険にする必要はない……牧江を殺された悔しさを胸に、逃げ続けるしかないのだ、と。
「一緒に逃げよう。あたしもついて行く」
俺は驚きで顔を上げる。
牧江の件に関しては完全に無関係の人間だ。
実は狙われているという背景を知らなかったとしても、わざわざ一緒に危険に晒される必要はない。
「顔が割れてないあたしだったら、江城君をサポートできる」
「定本、どうして……」
俺にそこまでしてくれるんだ?
咳払いをして、俺を見つめてくる。その視線は緩やかで、優しい。
「ずっとね、江城君が好きだった……」
女子からの告白は飽きるほど受けた。
牧江を待っていた事もそうだが、どれも薄っぺらい、外面だけの好意だからと跳ね除けていた。
危険な道が待っているこの状況でも、告白してくる定本の想いを聞きたくなった。
「初めてさ、あたしの好きなことを受け入れてくれたの……覚えてる?」
「いや……」
正直細かい事は覚えてない。
「あたしさ、昔から心霊写真とかすっごい好きで、友達からも親からも嫌な顔されてた。お父さんが事故に遭ったのもあたしのせいだって責められた事もあった」
そんなに熱狂するほど好きだったのか……意外な一面を初めて知った。
「心霊の、どこに惹かれたんだ?」
同じオカルト研の人間がする発言じゃないよな……牧江を探す糸口を求めて入った俺が異端なのか。
定本は一拍置いて、少し照れ臭そうに頬を掻く。
「……小さい頃に亡くなったおばあちゃんに会えるかなって思ったの。あたしすごいおばあちゃんっ子だったから」
俺の目的と……同じだ。
「心霊って不思議な世界だよね。亡くなっている人と生きている人が共存してるんだもの。そんな世界を見つめていたら、おばあちゃんの姿も見えるかなって思ったの」
俺は心霊現象が牧江を引き込んだのかと思い込んでいた。
心霊に足を突っ込んだきっかけは、俺と似ている。
「そんな事ばかり興味持ってたから心霊写真の本とか取り上げられちゃった。『心霊禁止』まで言われて。友達も気味悪がったから封印してさ……正直つまんなかった」
そして、オカルト研究のあるこの大学を選んだのか……
「同じ仲間がいればきっと楽しい大学生活できるかなって期待した。そこで江城君に出会った」
俺は一体定本に何をしたんだ? 全く思い出せない。
「まだ小さい頃に受けた迫害がトラウマで、今でもなかなか部室にいても自分から動画とか見ようって気になれなくて……そんなときに江城君がパソコンの前に座って『一緒に見るか?』って誘ってくれた」
……あぁ、そんなこともあったかなぁ。
些細なことだから全く覚えてない。
「一人で観るのが怖いんじゃない。動画を観てる姿を奇異な目で見られる事が怖かった。それは今でも治ってないけど、観る機会をくれて、一緒に楽しむ人がいるって事が何より嬉しかった」
そうか、だから定本はパソコンの前にいても心霊動画とか一人で見ないのか。
「やっぱり怖いモノは怖いけど」
動画を見るときの定本と心霊スポットに乗り込んだときの差が、そこか。
確かに心霊スポットは気味が悪いな。
「だからあたしの好きなことをそのまま受け入れてくれる江城君の事が……」
言いかけて、俺の頭を抱き寄せる。
「今はその、マキエさんの事を一番でいいから……いつかあたしに振り向いて……」
この瞬間気付いた。定本は俺と同じだ。
外面だけの俺を、内面から好きだと言ってくれた牧江。
内面を隠し通そうとした定本の趣味を受け入れた俺。
あらゆる点で共通している。
定本もまた、俺にとって大切にすべき存在だ。
「……あぁ、わかった」
俺は定本の抱擁に応えるように抱き返す。
「この件が片付いたら……今度は俺の方から言うよ」
逃亡にせよ対峙にせよ、落ち着いたらこの気持ちにもケリをつけよう。
俺にできることは、もう全てやった気がした。
オカルト研へ帰る途中、昼過ぎだったせいか人混みがすごい。
二人で並んで歩いていると、定本が突然倒れた。
何の前触れもなく、本当に突然だ。
「定本? ……おい、定本、大丈夫か!?」
揺さぶっても反応がない。
「大丈夫ですか? どうしました?」
通行人の一人が心配そうに声をかけてきた。
「彼女が突然倒れて……さっきまで何とも無かったのに……」
揺さぶってみるが反応がない。一体どうしたっていうんだ……
「救急車、呼びます!」
「すいません、助かります」
親切な通行人に助けられ、早く救急車がやってきた。
定本を担架に乗せて、俺も救急車に同乗する。
救急車が発進し、近くの病院まで向かう途中、救命士の一人が俺の顔にスプレーを吹きかけてきた。
「おい、何を!」
直後、俺の頭がグラついた。これは、催眠ガスか!
眠気を振り払おうと頭を揺らすが、重だるい眠気が襲いかかる。
何度も何度も吹きかけられる。
次第に、俺の意識が暗くなってきた。
目が覚めたら病室だった。
しばらくぼんやりとしていたが、救急車での事を思い出し、慌てて起き上がる。
「定本!」
周りには誰もいない。時間は病室の時計で十一時を指してした。
定本は、どこに行ったんだ……
手がかりが無いか周りを調べてみる。
小さなデスクの上に、一枚のパンフレットを見つけた。
ドクン、と心臓が強く鼓動を打ち、胸が痛む。
「小太原総合病院のご案内」
奴らは既に、近くまで迫っていたのだ。
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