三十、数奇な運命達

【■■】
「楽屋」に運ばれてきた最後の娘さんも、とても可愛らしかった。

 江城くんは女性運に実に恵まれている。憎たらしい。

 もう実験を行っている余裕はない。

 いつここが国家権力に押さえられるか定かではないし、江城くんには直接的なヒントを与えた。

 ここにやってくるのも時間の問題だ。

 さて、まずは処刑室で吊るすとしよう。暴れられては困る。

 処刑室は致死性のガスが充満する部屋、ここで戦いのタイムリミットを決めるのだ。

 戦いに敗北した者はここで最愛の者と再会する。

 実に感動的な一瞬で、仲良くあの世へと逝けるのだ。

 死体を素早く回収できるよう、大型換気扇も配備されている。

 彼女を鎖で両腕を吊るし上げ、バッグから私物を漁る。個人を特定できるものが欲しい。

 財布から免許証が出てきた。原付限定とは今時珍しい……

 ……「定本早苗」だと?

 まさかな……しかしよく見れば似ているといってもいい。今まで気づかなかった。

 もしその予想が当たりなら、面白いほど運命的な決戦である。

 物語みたいなうますぎる出来事だが、これで世間との断絶に未練は確実に消える。

 実に良い流れだ。

「ん……んぅ……」

 早苗くんが目を覚ましたようだ。

「え、ここ……どこ?」

「ようこそ、悪夢の城へ……定本早苗くん」

 名前を呼ばれて驚いたようだ。狼狽している。

「だ、誰よあんた! ってか、なんであたしの名前を知ってるの?」

「誰でもいいだろう……しかし一度は会ったことはあるが、覚えてはないだろうな」

 何しろ彼女が子どもの頃の話だ。

 それ以来母親とも会っていないが。

「君の母親だが……旧姓村瀬ゆかりではないかな?」

 名前を言い当てられたのか、彼女の眉間に皺が寄る。

「なんでお母さんを……あんた何者よ!」

「過去に世話したことがある。君の父親もだ。そうそう、父親はどうしている?」

 意図的に障害者にしたが、その後が気になる。

「なんであんたに言わなきゃなんないのよ」

 敵意剥き出しで語る気は一切無いようだ。

 だが、これでどうかな……?

「下半身不随で車椅子生活ではないかね? 執刀したのは私だが、障害者にしたのも私だ」

 彼女の表情が驚きに満ち、鋭い眼光を私に向ける。

「どういう……こと?」

「普通に手術で治療していたら、跛行はあったろうが杖が要らない生活まで戻すことはできた。だが意図的に腰椎の神経を切って車椅子生活を強いたのだ。で、父親は元気か?」

 怒りを露わにして震えている。

「……死んだわよ。障害者になって生きる希望を無くして、あたしの為に二年前に自殺したわよ!」

 ほぉ、それはそれは悲しい結末じゃぁないか。

 早苗くんの為……ということは大学の学費を父親の保険金で賄ったということか。

 そうしてまで未来を託した愛娘がここで死ぬ。

 ……我慢したいのに笑いが込み上げてくる。

 愉快だ、実に愉快だ!

 あぁ駄目だ、高笑いが出てしまった。処刑室いっぱいに私の笑い声が響く。

 最高の形を以って村瀬ゆかりとその夫には罰が下ったのだ!

 笑う私を見てか、悔しそうに顔を歪める早苗くん。

 いいぞいいぞ、舞台は予想以上の盛り上がりを見せて整いつつある。

 あとは、江城くんがここに来れば全てが揃う。さぁ、早く来るのだ。
【△】
 大慌てで病院を抜け、オカルト研の部室に飛び込む。

 佐々木さんが後ろから大谷ちゃんの服に手を突っ込んでいた。

 ……こんな時に何やってんだよ。まだ昼前だぞ。

「え、江城! 入る時はノックせんか!」

「……デリカシー、ないです」

 えぇー。俺、責められてるのか?

 普通部室でイチャイチャするかよ。あと、篠本への謝罪はどうした。

 色々と突っ込みたいところはあるが、今は余裕がない。

 無駄だとわかりつつも、とりあえず聞いてみる。

「定本、来てないか?」

「定本嬢? そういえば昨日から見てないな」

 俺の心臓がまた強く鼓動する。あのパンフレットをそのまま信じるなら、定本は間違い無く奴らに捕まった。

 足腰の力が抜け、膝立ちになる。

「……定本先輩が、どうかしたんですか?」

 服を乱したまま、大谷ちゃんが俺に駆け寄ってくる。

 そうだ、大谷ちゃんにとっても定本は他人ではないな……

 奴らの前に立ちはだかる大男を思い出す。一人では勝てなかったが、二人なら……?

 他に力を貸してくれそうな……熊長は廃病院には行きたがらないし、篠本に至っては左手を怪我している。

 ……悠長なことは言ってられない。奴らは定本の身体で実験を行う可能性だってある。

 ただでさえもう一日経っているのだ。余裕はない。

 佐々木さんは強い。それは俺も知っている。もう、彼に頼むしかない。

「……定本が、誘拐されたんだ」

「なんだと?」

「誘、拐……」

 二人は驚きで声が上がる。大谷ちゃんに至っては震えている。

「居場所は分かっている。佐々木さん……」

 うな垂れる俺の肩をガッシリ掴む大きな手。

「何も言うな。場所が割れているなら共に救出しに行こうではないか!」

 暑苦しいはずの性格が、俺には救世主に映った。
【○】
 左手の怪我は徐々に良くなってきている。

 今は包帯を巻きながらでも運動リハビリを行っている。

 相変わらず感覚は鈍いし、動く気配も若干だ。

 それでも回復に向かって前進しているのだと考えると未来はまだ明るい。

 ……少なくともまたTSくらいはやりたいもんだ。犬の足じゃプレイできないし。

 講義中のこと。

 いつものようにマキエからのメールがうるさい。さすがに授業中は止しておこうと無視している。

 しかし今回は尋常ではない。通話発信までして、バイブを鳴らし続けている。

 いつもはただメールが数通来る程度で収まるのだが、さすがにアピールが半端ない。

 観念して、通話は切ってメールを確認する。

 なんだいなんだい、一体もう……


from
件名
たす けてえし

   ろ せん  ぱ

 いし ん じゃう


 文面を見て、疑いで目を見開く。

 江城が……死ぬ!?

 どういうことだ。なんであいつが死にそうな目に遭うんだ?

 マキエからの懸命なまでのヘルプコール。これは無視しては駄目だ。

 俺は手を上げて、叫ぶ。

「すんません! 父がちょっぴり危篤なので早退します!」

「あー、うん。気を付けて」

 教授はあっさり帰してくれた。



 教室を抜けて、オカルト研のドアを慌てて開ける。

 中には誰もいなかった。

  慌てて来たが、まさかここじゃないのか?

 ……まぁ、オカルト研で殺人事件は無いよなぁ。いくらサスペンス感丸出しの名前だからって。

 しかしここではないとすると、一体どこに……

 部室を出ようと思い、振り返るとドアが開いた。

 先から入ってきたのは……大谷さんだ。

 お互い目が合い、硬直する。

 実は学祭後の事件から顔を合わせてなかったりする。

 彼女が佐々木部長とヤっている姿を聴いただけだ。

『春香ちゃんね、篠本を恨んでるんだよ』

 あのDQNどもから守れなかったことで心身ともに深い傷を負った。

 今は佐々木部長の支えがあるだろうけど、されてしまった事はもう巻き戻せない。

「大谷、さん……」

「……なんです?」

 ちょっと前までの柔らかい声とは違う、他人行儀で冷たい返事。

「俺は弱かった。あんな奴らに負けて、君を守ることができなかった」

 頭を深々と下げる。

「本当にごめん。謝っても許してはもらえないだろうけど……今の俺にはこれしかできない」

 しばらくの沈黙。俺は顔を上げてはいない。

「……仕方ないです。篠本先輩は弱いんです。一対三で勝てる江城先輩が強すぎるだけですから」

 俺が負けた事は責めてないのか……じゃぁ、一体なにを?

「……でも、あれ以来黒魔術が使えなくなりました」

 俺は驚きで顔を上げる。

 涙で崩れた表情が、胸に針を刺す。

 黒魔術を、失った……大谷さんの代名詞である黒魔術。なのにそれが使えなくなったのか。

「……何をやっても、何度やっても見えるはずの光のイメージが出なくなりました」

 彼女の背景は知り得ないが、彼女にとって掛け替えのない唯一無二の能力だったのだろう。

 それを失ったとなれば、ショックの度合いも生半可ではない。

 俺にはかけられる言葉が見つからない。

 いくら力を手にしたとしても、それは後の祭りだ。彼女を元に戻せる奇跡は備わってない。

 大谷さんは幽霊ホイホイを取り出し、念を込めるように手をかざす。

「……ダメです。江城先輩たちが何しに行くのかもわからない」

 探査能力か、未来を占うつもりだったのか。しかしそれすらも見えなくなった。

 幽霊ホイホイを机に置いて、イスに腰をかけた。

 ……まてよ。彼女、江城の行き先を知っているのか?

「な、なぁ……江城が何処へ行ったのか、知ってるのか?」

 睨むようなキツイ視線を俺に向ける。今やその挙動一つひとつが怖い。

「……先輩には、教えません」

 こんな時になんて拒絶だ。今はそうしている場合じゃない。

「大谷さん、今はそんなことを言ってる場合じゃない。ヤバイんだ、引き返せるなら戻さないと!」

 表情は変わらない。俺のいう事は信じないってことか……

 俺は苛立って携帯を取り出し、通話発信する。

 数コールで切られた。

「くっそ! 何があるのかわからないが死んでしまうぞ!」

 俺の激昂で、大谷さんの表情が強張った。

「し、ぬ……?」

 マキエの直感は、今回だけは疑いたい。しかしその願いは切実だ。

 俺が出来るなら、何とかしないと。

「なぁ頼むよ。予言みたいのが出たんだ。疑わしいだろうけど、無視できないんだ」

「……さな……ひ、ろ……」

 力が抜けたように、彼女は膝を落とす。

「頼む。何が起きて、何処へ行ったのか。今ならまだ間に合うかもしれない。教えてくれ!」

 大谷さんは身を震わせてゆっくり頷いた。
【△】
 小太原総合病院の廃墟。ここへ来るのは三度目だ。

 一度目は初の心霊ツアー。

 二度目は敵の尻尾を掴むため。

 そして三度目は定本の救出。

 定本は戦いを挑まずに逃げようと提案したが、あいつが捕まった今、逃げる選択肢は存在しない。

 どんな強敵が出てきても、今は佐々木さんという心強い味方がいる。

 今日ここで、奴らと決着をするのだ。

 牧江を含む多数の命を奪った凶悪犯罪者集団との戦いだ。

 相変わらず雰囲気の物々しさには息を呑む。

「……ぶぉおおおお」

 廃墟の中から早速出てきやがったか。

 デカすぎる壁だ……だがそれさえ乗り越えてしまえばとりあえずは何とかなる。

「江城、なんだアレは……」

「傭兵みたいなもんかな。マトモじゃない上にヤバイ。だが……」

 だぶだぶのジーンズで隠れてパッと見ではわからないが、奴の左脚は大怪我を負っている。

 すなわち弱点がそこに存在する。

「佐々木さん、左脚が弱点だ。前に俺が叩いておいた」

「お前、何時の間に……」

 息を鳴らして睨んでくる三角頭。俺に対する憎悪は並じゃないだろうな。

「ぶぉおおおお!」

 大声を上げて突進してくる。もちろん狙いは俺だ。

「佐々木さん! 横から脚を!」

 軌道を読み、避ける。間髪いれずに佐々木さんの蹴りが奴の左脛に命中した。

「ぶぁああ!」

 奴は激昂し、狙いを佐々木さんに向ける。

 ……待て、なぜ痛みで怯まない?

 俺は慌てて駆ける。

「うぉぉおおおっらぁあ!」

 奴の平手が佐々木さんに振り下ろされる前に彼の背中を蹴って前のめりに倒し、最悪を回避した。

 手を取って佐々木さんを起こす。

「江城、全く手応えが無かったぞ」

「おかしい……棒で叩いてさらに蹴り上げたんだが……」

 まさか、もう治ったのか?

「意外とエグイ事をするのだな」

 そうでもしないと逃げられなかったしな。止むなしだ。

「……来るぞ」

 息を鳴らして立ち上がる。二人なら、対処できるかもしれない。

「ぶぉおおおおお!」

 また考えなしの突進か……今度は佐々木さん狙いか!

 ラリアットに似た平手をギリギリで佐々木さんが避ける。

 避けたは良い、しかしその先があった。

 過剰に回転をかけてもう片手による裏拳が炸裂した。

「ぐぁあっ!」

 肩に当たり、地面に転げる。

「佐々木さん!」

 ヤバイ、奴の一撃はそれだけで致命傷だ。

 引き返した大男との間に割って入り、迫る平手をガードする。

 バチンと大きな音を立てて後ろへ飛ばされる。

 病院の壁に激突する。硬いクッションはさらにダメージを誘う。

「江城……くそぉお!」

 佐々木さんは立ち上がって大男に殴りかかる。

 大男はガードをかけずにされるがまま彼の拳を浴びる。

 そして、隙を突かれて佐々木さんは腕を掴まれた。

「うぐああああ!」

 このままじゃ……ヤバイ。定本を助ける前に俺たちがやられる……

 背中を打ち、整わない呼吸で大男の方へダッシュする。

「こんの……やろおおおぉぉ!」

 石を拾い、そのまま勢いよく投げる。

 頭に命中し、大声を上げて佐々木さんの手を離した。

 卑怯だが……打開するにはこれしかない!

「あん時の……お返しだぁ!」

 新たに石を拾い、ガードをかける奴の腕にぶつける。

「ぶ、ぶぉあああ!」

 裏拳がそのまま飛んでくる。

 カウンターの要領で、モロに浴びてしまった。

 くそ……駄目、なのか……俺じゃこの三角頭を倒せないってのか……

 奴が近づいてくる。頭を打ったせいか、立ち上がる気力も湧かない。

 目の前に巨大な壁ができる。太陽の光を遮り、影から覗く表情は怒りに満ちている。

 ……俺はここで死ぬのか。牧江の仇も討てずに、定本も救えずに……

「剛介!」

 遠くから男の怒声が響き、大男は声の方へ振り向く。

 もう一人の男がやってくる。

 その男は俺にスプレーを吹きかける。あぁ、これはあの時に似ている……

 そう、定本が……いなく、な……る……





「……しろ、起きろ。江城!」

 目が覚めた場所は廃墟の色を残しながらも整った研究施設だった。

 俺と佐々木さんはそれぞれロープで椅子に固定されている。

 どうあがいても緩みそうもないし、周りに刃物の類もない。

 くそ……都合の良い仕掛けはないか。

「ようこそ……ずっと君を待ちわびていたよ」

 暗闇の奥から男の声が聞こえる。

「君が、江城優悟くんかな?」

 俺は驚きで目を見開く。四十路を前にしたスーツ姿の男。

 当然面識はない。

「初めまして。君の……敵だ」

 俺は奴の目つきに戦慄を覚えた。

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