三十四、色鉛筆の世界 |
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ここはどこだ……あぁ、病院か。 しかも警察病院、だろうな。 状況を考えればむしろその方が自然だ。 「……目が覚めたかね」 この私をずっと見張っていたのだろうか、刑事と思しき男が私に声をかけてきた。 「お前が誘拐殺人事件の真犯人か。醜く焼けただれて、いい様だ」 私の顔は包帯で巻かれていて表情を読み取ることは難しいだろう。 表情筋をやられたようだ。包帯が取れたとしても何も動かせないだろうな。 「さて、事情聴取を始めよう。まず、小太原の廃病院で凶行に及んだ、と通報があったが、それは事実か?」 ふん、何一つ答える義務もないし、つもりもない。 話してやるものか、延々と白を切り続けてやる。 |
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「……その通りだ」 警察官は予想外の返答に戸惑っているようだ。 「あの病院が国家機密に関わる実験を行っていた事実は知っていた。だからその汚点から目を逸らすであろうことを期待し、あの場所を実験の場に選んだ」 |
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な、何を言っている! やめろ、私は教えるつもりは微塵もない! 「実験、だと?」 実験……「闇への階段」の計画だ。こればかりは死守せねば! |
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実に不思議だ……体験したことないのに「よく覚えている」。 何の意図で、どういう理由で、どのような方法で事を成したのかわかる。 「ある組織から依頼が来た……究極兵士を作る為に協力して欲しい、と」 警官は資料を取り出し、私に見せつけてくる。 「この資料かな?」 「間違いない、それだ」 |
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やめろ、なぜ私は素直に答えているのだ……絶対漏らしてはならない秘密だ。 今という状況でそれを全て晒すのは非常に危険だ。 口を閉じろ……もう喋るな! 「お前は医者、だったな。しかも評判はかなり良好な、むしろ鑑ともいうべき医者だった。そんな医者が人を誘拐するとは思えないし、時間も無かったはずだ。どうやった?」 |
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記憶の中から単語を呼び起こす。 「『楽屋』という誘拐専門のグループをあの組織から紹介して貰った。おかげで誘拐するにしてもアリバイは保てるので非常に助かった」 『私』はよく利用していたようだ。なるほど、これで佐恵を誘拐したのか。 「何度も口にしている『組織』とは一体何かね?」 これの記憶もすぐに引っ張り出すことができた。あともう少しで仲間入りする所だったのか。 「『闇への階段』というテロ集団、だ。壮大な計画があるというのと、闇は墜ちるものではなく昇華するものだと信じている。それ以外は私も不明だが、大いに助けて貰った。恩の強い相手だ」 |
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その恩ある組織のことを刑事にベラベラ喋るなど……言語道断だ! もう、喋るな……なぜ私は相手の質問に答えている? 語れば語るほど不利になると言うのに……どんな意図で正直を通している? 「随分素直に吐くじゃないか。正直拍子抜けだが……とりあえず今回はここまでにしておこうか」 くそっ……ここまで話してしまっては組織への仲間入りは絶望的だ。 いや、むしろ私を消しに来る危険すらある。 |
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去ろうと背を向ける警官。まだ伝えなければならない事は多い。 「もう帰るのか、聞き足りないんじゃないのか?」 ドアの前に立ち止まり、唸る警官。 「死体の処理、凶行に至った経緯、まだまだあるだろう?」 一呼吸して踵を返す警官。 「そうだ、私と同時に病院入りした男がいるだろう。私をこのような顔にしたのは彼だが、起訴はしないでおこう」 |
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やめろ! 奴は、奴だけは何としてでも陥れなければならん! 許すものか……私の全てを壊したあの男を、許してたまるものか! 全財力を注いででも追い込んでやると決めたのだ! |
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「彼の行動に悪意は無いし、私からすれば罪も無い。なるべくして成ったことだ。私は彼を、許そうと思う」 警官は渋い表情で唸っている。 凶悪事件の犯人が放つ言葉としては、聖人じみている。信用ならないかもな。 「そんなことを言っても、お前の罪は軽くならんぞ」 「構わない。私はそんなことを望んではいない」 佐恵、絶対に「私」を許さない。全てを自ら暴いて、必ず最悪の結末を迎えてやる。 あと、優悟……成長したな。父としてお前を誇りに思う。 |
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やめろ……なぜ私の希望から外れていく…… なぜわざわざ不利な方へ進んでいく! もう……終わりだ…… 身体が私の命令を受けず、勝手に次々と自白をしている。 いっその事このまま消された方がマシだ。 さらばだ……クソッタレな世界よ。 貴様は、私に相応しくなかったのだ…… |
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